【インタビュー】
専門性の川を越えて
プロジェクト間連携の試み

伊藤 由希子
津田塾大学総合政策学部 教授

上道 茜
早稲田大学理工学術院 准教授

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 RISTEXプログラムとして令和3年度に終了した 2つのプロジェクトがある。伊藤由希子 津田塾大学総合政策学部教授の「病床の減床と都市空間の再編による健康イノベーション」と、上道茜 早稲田大学理工学術院准教授の「レジリエンス強化のための省エネルギー機器導入制度設計」だ。この2プロジェクトで行われたプロジェクト間連携(※注1)の成果は目覚ましい ものであった。有事を想定した病院の時間単位の電力需給を実際に現場で計測するなど、実践に活かされる提案に至った。今回のプロジェクト間連携の経緯や内容、成果、それぞれにとっての意義などについて話を伺った。

※1 プロジェクト間連携
RISTEXにおいて研究開発を実施する複数のプロジェクトが協働して取り組むことにより、成果の相乗効果が期待できる取り組み。
社会技術研究開発センター(RISTEX)では、研究開発成果の最大化、社会実装の普遍化、人材やネットワーク等の活動基盤の多様化を目指して「プロジェクト間連携」を促進し、連携による活動の活性化を図っている。

伊藤 由希子 津田塾大学総合政策学部 教授

最初は1本のメールから

――お二人で連携しようということになったきっかけ、経緯を教えていただけますか?

上道 私が伊藤先生にメールを出しました。2019年の4月に事務局からプロジェクト間連携の案内があって、私1人ではできそうにないことを一緒にやってくれる方とぜひ、と。病院のレジリエンスについて、私は機械や電気には専門知識がありますが、政策やそれが経済的にどういう影響を及ぼすかとなると分かりませんでした。それで、医療経済をやられている伊藤先生に、正直言うといろいろ教えてもらおうと。

伊藤 メールをいただいてとても嬉しかったですよ。私は上道先生の逆で、政策の決まり方や泥臭さはすごくよく分かっているけれども、じゃあいかに病院の電力を守るか、電気系統をどうやってサステナブルにしていくか、コストをどう払っていくのかといった具体的な部分というのは分かっていなかったので、お互いにないところが補えたかなと思います。

上道 もともと学生の頃は燃焼の基礎研究をやっていて、その頃は純粋なサイエンス志向のマインドで研究をしていました。東京大学に助教として着任して、社会とのつながりや、現実にある問題意識を持った研究テーマの多い研究室に入ったことで、意識が変わっていきました。また、このプロジェクトの中でも伊藤先生と一緒に病院や自治体、厚生労働省など、いろいろな人と話をしていく中で、自分自身もどんどん変わっていきました。チャレンジングでしたが非常に楽しい体験で、今もそれは楽しいことです。

上道 茜 早稲田大学理工学術院 准教授

機械系はゲリラ戦

――プロジェクト間連携としては、具体的にどのように進められたのでしょうか。

伊藤 1年目は厚労省の医政局で災害医療を担当されている方や病院建物のBCPをご専門にされている研究者の方にインタビュー に行ったり、東京海上で事業継続計画(BCP)を実際に策定されていた方にお話を伺ったり。私のつてからアウトリーチする形で自分自身も学びました。2年目は2021年で、ちょうど東日本大震災から10年というタイミングだった ので、あらためて「病院のレジリエンスを考える」シンポジウムを開きました。3年目には、上道先生のご紹介で実際に病院の非常用電源設備を見学したり、実際に病院の災害対策に携わっている現場の先生にお話を伺ったりしました。屋上や地下など普段見ない現場を見られるというのはとても貴重な経験でした。上道先生が、実際に病院の空調・照明・機器などの電力需要と、非常用発電設備の電力供給の持続力を計測してくださいました。また、上道先生がおっしゃっていたことで面白いなと思ったのは、「機械系は遊撃戦 」だ、と。それに対して「情報系は組織戦」でしたっけ。

上道 「電気系は組織戦」ですね。別の先生の言葉ですけれども、日本中に電線を張り巡らせて電気を届ける系統電力のシステムをつくったように、電気系は全体を俯瞰しながら組織的に仕組みづくりを進めていくと思います。でも、機械系はそういった電気系の設備より規模が大きくないものも多く、必要な場所や時に応じて機械を設置して使えるようにしてしまう、という側面があると思っています。

伊藤 私は病院から診療記録などのデータを頂き分析しているのですが、実際にこのデータが何を語っているのかというようなことは、それだけではわかりません。実際に現地に行って、もしかしたら当事者の方も言語化できていないかもしれない情報を取ってこなければなりません。そういった、個別の話を伺って突っ込んで、裏の裏を引き出す遊撃戦的なスタイルがとても似ていると思います。

互いの視点が補完される

――それぞれに自分のプロジェクトにとって、勉強したことが生きたという側面はありますか。

上道 伊藤先生は平常時の医療経済の話からレジリエンスの視点が、私と連携することで入ってきたということをおっしゃっていましたけれど、私は逆でした。今回、非常時のレジリエンスをテーマにした研究ではありますが、やっぱり非常時にレジリエンスを確保するためには平常時から経営や業務体制も含めて先回りして仕組みを構築しておかないといけないんだという視点を得ることができました。

伊藤 私も、いざという時、つまりあれもダメこれもダメになったときに、どういった負荷がかかって何が必要なのかということを具体論として考えてくださる方がここにいらっしゃるということがよかったです。普段は人口減少下の10年先、20年先に平常時の医療を維持するにはどうするかという話ばかりしていたので、明日全部電力が止まるとか、物流が寸断されるとか、そういった具体的な危機を想定したレジリエンスというのが、きちんと自分の中で具体論として落ちてなかったので、とても勉強になっていますね。

 私、実はちょうどプロジェクトの開始早々に子供が生まれて、子供が3人になったんですよ。そんな状態でプロジェクトができるのだろうかと大変不安でしたし、上道先生のご迷惑になるかもと思い「私実は3人子供がいるんです」って申し上げたら、上道先生が「私3兄弟なんです」って、「いや別にいいものですよ、賑やかですし」みたいな感じで…

上道 そういうことを言いましたか? 全然覚えていなかったです(笑)

伊藤 それで、「あ、そうか、きょうだいが3人いらっしゃるんだったら、私が3人バタバタ子育てをしているその苦労ももしかしたら分かっていただけるかもしれない」と。

――そういう何気ないことも、本来すごく大事なところですよね。

上道 私は機械系の学科に所属していますが、今、教員で女性は私だけなんです。伊藤先生は研究分野こそ違いますが、一緒に仕事もさせていただいていて、ロールモデルではないですが、女性研究者としてこんなに頑張ってる人が身近にいるということに、すごく励まされるという側面もありましたね。

「巻き込まれる力」を発揮する

――伊藤先生にとってこのプロジェクト間連携の意義というのを端的にまとめるとどんなことになりますでしょうか。

伊藤 研究もそうですし、政策もそうなんですけれども、巻き込み力、巻き込まれ力の大切さを感じました。政策というのはいろいろな視点があって、プロセスは泥臭いし、結論が落ち着かないこともあるけれども、政策を検討する上では、省庁を通して、審議会を通して、政治家を通して、と必ずいろいろな人を巻き込んでいくんですよね。そこにやはり今は科学的知見を加えて、専門家がいかに入っていくかということが大事だと思っています。

 専門家のほうも誰かを巻き込まなければいけないし、政治家も専門家を巻き込もうと思ってもらわなければいけない。政策のための科学という点で言うと、お互いに巻き込み巻き込まれというプロセスが絶対に必要です。巻き込まれた幸せも、巻き込んだ幸せもある、そういう意味で今回はとても得難い実践だったなと思います。自分の専門の中で巻き込む以上の、そこで使う力とは全然違うものを使うことを学べたのはよかったですね。

連携とは向こうの橋の先で待っていてくれる人がいること

――上道先生にとって、プロジェクト間連携というのはどういう意義がありますか。

上道 向こうの橋の先に待ってくれている人、というイメージがあります。分野がちょっと違うので岸が違うのですが、橋がかかれば会いに行くこともできる。そういう橋をJSTのこういったプログラムの中で用意してくれると、渡っていきやすいなと思います。壁というよりは川みたいな隔たりがあって、そこを超えていくきっかけ、ですかね。

伊藤 お互いに向こう側の景色に興味があるんですよね。

上道 そう、見えてるんですよ。壁があるわけじゃなくて川なので、異なる分野の景色は見えているんです。でも、渡って行くには少し躊躇してしまう。

伊藤 だから、このRISTEXプログラムのようなきっかけが、ちょっとだけ背中を押してあげるといった機能を果たしているのではないかと思います。

――今年度までのプロジェクトは終了しますが、またいろいろな形で巻き込んでいただければと思います。本当にこれからのお二人の活躍を楽しみにしています。ありがとうございました。

伊藤、上道 ありがとうございました。


(聞き手:黒河昭雄、まとめ:前濱暁子、編集:北川潤之介)
2022年3月18日インタビュー