成果概要

Awareness Musicによる「こころの資本」イノベーションと新リベラルアーツの創出4. 超高周波音の内受容感覚の気づき促進メカニズム解明と社会実装

2022年度までの進捗状況

1.概要

音楽には、音階、メロディ、リズム、ハーモニーなど楽譜で記述できる要素だけでなく、音色やゆらぎ、空間的拡がりなど、楽譜として表現することが難しい言語化できない要素が多く含まれていて、音楽が人間の心に響くうえで、欠かすことのできない重要な役割を担っています。私たちはこれまでの研究により、地球上のさまざまな文化圏の音楽には、人間が音として感じることのできない20kHz以上の超高周波音が豊富に含まれることを明らかにするとともに、そうした超高周波音は、人類の遺伝子が進化的につくられた熱帯雨林自然環境音には豊富に含まれるのに対して、現代都市の環境音にはほとんど含まれないことを明らかにしてきました。さらに超高周波音を豊富に含んだ音が、中脳や間脳など心身の健やかさや豊かさを生み出す神経系を活性化し、音を心地よく感じさせるとともに、免疫能の向上やストレスホルモンの低下など心身の健やかさを導く効果をもつ可能性があることを、先端的な統合イメージング技術を用いて明らかにしてきました。本プロジェクトでは、超高周波音を含むAwareness Music/ Soundが自律神経系を介して心身の豊かさを導くメカニズムを解明するとともに、その社会実装を目指します。

2.2022年度までの成果

うつ病や不安障害といった心の病だけでなく、糖尿病や高血圧などの生活習慣病などを予防し、心身の健やかさを維持するうえでストレスマネージメントが重要であることは広く知られており、音楽は有効なアプローチの一つとして期待されます。しかし従来の音楽療法は、個人の嗜好や心理状態など主観的な要因に依存するところが大きいため、個人によるバラツキが大きく安定した治療効果を導くことが困難でした。一方、人間が感じることのできない超高周波音による効果は、心理的な影響を受けにくいため、音楽を用いた心の豊かさを開発する上で、有効なアプローチになり得ることが期待されます。
そこで本プロジェクトでは、心身のストレスによる自律神経機能の乱れが予防と発症後の経過に重大な影響を及ぼす糖尿病の予防をターゲットとして、糖尿病の診断に用いられる経口ブドウ糖負荷試験を用いて、超高周波音が血糖値に及ぼす影響を調べました。その結果、超高周波音を含む自然環境音(赤線)を聴いている時には、超高周波音を含まない自然環境音(青線)を聴いている時や環境音がない時(灰色)と比較して、超高周波音を含む自然環境音により、血糖値上昇が統計的有意に抑制されることを発見しました(P < 0.0001)。

さらに、超高周波音による血糖値抑制効果は、年齢の高い人と日常的に血糖値が高めの人(HbA1C高値群)で顕著に見られたことから、糖尿病になりやすいハイリスクの高い人に対する予防効果が期待されます。

この研究成果は、Nature姉妹誌であるScientific Reports誌で発表され、多くの報道で取り上げられました。

3.今後の展開

薬物療法や外科療法、再生医療などに代表される現代医学は、病気に対して物質面からアプローチする〈物質医療〉が主流です。今回の研究成果は、音楽に含まれる感覚情報が脳神経系を介して、物質医療ではアプローチすることが難しい疾患の治療と予防を導き、心身の健やかさと豊かさをもたらす〈情報医療〉を切り拓くものと期待されます。(本田学・国立精神・神経医療研究センター)