成果概要

イオントラップによる光接続型誤り耐性量子コンピュータ[3] 振動自由度を用いた量子誤り訂正符号実装のための研究開発

2024年度までの進捗状況

1. 概要

量子コンピュータを用いて有用な計算を行うためには、誤り訂正された論理量子ビットおよびその間の演算を実現することが鍵となります。多準位を擁するイオンの振動モードは、論理量子ビット実現のための有力な候補です。誘導ラマン散乱を用いて、集団振動フォノンモード間ビームスプリッター相互作用を実現し、それによりフォノンモード間量子もつれを実現することは、論理量子ビット間演算実現のための重要なステップであると考えられます。このような複数モードに対する量子もつれ操作とスクイーズド状態を用いれば連続量クラスター状態を生成することが可能になります。さらにボソニック符号をイオンの振動状態として準備し、上記のビームスプリッター相互作用を活用すれば複数モードにまたがる符号状態のゲート操作が実装できます。

図1
図1(左)対向するレーザービームによる動径振動モードの励起、(右)イオン配列の動径方向の集団振動モード。

2. これまでの主な成果

今年度はイオン配列中の複数振動モードにおいてスクイーズド状態を生成するために、3イオンを用いた実験に取り組みました。3イオンの振動モードのうち、環境からのノイズの影響が大きいとされる振動モードを除く他の2モードを用いることを計画しています。まずこの2モードにおけるコヒーレンス時間(振動量子状態の重ね合わせ状態の持続時間)を測定するための準備に取り組みました。
振動モードにおけるコヒーレンス時間の測定のためには、各集団振動モードを個別に励起することが必要となります。各集団振動モードを効率よく励起するためには、光によりイオンへの個別アクセスを行えることが望ましいです。今回は、ACシュタルクシフトを用いて個別アクセスを行うこととし、そのためにまず軸方向運動のサイドバンド冷却および動径方向光ビームによるラビ周波数の測定を行いました。
また、振動モードにスクイーズド状態を生成するための手法である熱浴エンジニアリングの実験に以前より取り組んできましたが、今回実験手法を改善し再度実験に取り組みました。改善した実験における熱浴エンジニアリングによるスクイーズド状態生成実験の結果を図2に示します。図2(b)において占有数において偶数の振動量子数(n=0,2,4)に占有数が集中しているのは、振動状態がスクイーズド状態にあることを反映していると考えられます。

図2a図2b
図2スクイーズド状態生成実験の結果。(a)スクイージングパラメターr=1.00の場合のブルーサイドバンドラビ振動測定結果。(b)フィッティングにより推定されたフォノン数分布。

3. 今後の展開

今後の方針として、外部からの振動励起を利用してトモグラフィーを行い、その結果からスクイージングの度合いを評価する実験などが考えられます。さらに、複数振動モード間に準備したスクイーズド状態を、ビームスプリッター相互作用によって混合することにより、EPR (Einstein–Podolsky–Rosen)型量子もつれ状態を実現することを目指します。また、単一の振動モードに対して、ボゾニック符号により、単一量子ビットを符号化するとともに、複数の振動モードに符号状態を準備して、モード間にビームスプリッター相互作用を印加することにより、特に複数モードにまたがるボゾニック符号に対する量子ゲート操作を実現することを目指します。