成果概要
誰もが自在に活躍できるアバター共生社会の実現[6] 生体影響調査
2024年度までの進捗状況
1. 概要
本研究開発項目「生体影響調査」では、アバター共生社会が実現する新しい生活様式に人々が適応することを支援するための基礎研究を展開しています。サイバネティック・アバター(CA)やロボットに関する技術開発の発展は目覚ましく、これらの技術を人間が適切に使いこなすことが必要です。新しい技術が人間の生理や生活にどのように影響するかを理解し、新しい技術と人間の間に存在しうる「ギャップ」を埋めることが重要になってくると考えています。
この目的を達成するために、本研究開発項目では、「オミクス解析」を活用しています。オミクスとは、あるレイヤーに属する分子群を網羅的に測定・解析する方法の総称です。ある現象を理解しようとする際、測定する物質を限定することは、仮説を構築していることに等しいといえます (例:物質Xが現象を説明する)。オミクス解析は測定する分子を限定せず、目の前の現象の全体像を描こうとするタイプの解析です。新しい現象に相対するときに強力な手法です。
2024年度は、本研究開発項目の研究の進捗を強力に推進するための被験者マルチオミクスプラットフォームの拡張や、CA利用時の脳反応解析に取り組みました。
2. これまでの主な成果
<被験者マルチオミクスプラットフォームの構築>
本グループでは、これまでに、公募によって被験者を集め、被験者にデザインしたタスクを体験してもらい、その前後の分子的な変化を捉える、という方法を採用してきました。被験者が健常者であること、複数の階層のオミクスデータを取得することから、健常者マルチオミクス基盤と呼んでいます。目標1で開発される様々なデバイス・技術の生体影響をタイムリーに明らかにするためには、この健常者のマルチオミクス解析の基盤を拡張する必要がありました。そこで、東北大学加齢医学研究所の研究室を拡張し、被験者実験室の機能を充実させました(図1)。被験者実験室を複数用意することで複数の生体影響調査を同時並行的に走らせることができるようにするとともに、電波や磁気、音を遮断できるシールドルームを導入することで、脳波などの測定の高精度化を目指しました。実験室にはオミクスの解析を実施するための分子生物学実験室が併設されており、得られた検体を迅速に処理することができます。さらに、京都大学医生物学研究所にも被験者実験室を整備し、今後の被験者マルチオミクス解析を国内の複数の場所において実行できる機能を備えました。目標1の研究を社会に実装していくにあたり不可欠な役割を果たす重要な機能であると考えています。

<CA利用時の脳反応解析>
春野 (NICT CiNet) はCAの利用が人間の行動を変容させることを発見しました(図2)。オンライン会議において相手の表情が見えているかどうか、あるいは自身の顔が相手に見えているかどうか、といったシチュエーションが自身の行動に影響していると感じたことはないでしょうか。河岡(東北大学・京都大学)、住岡(国際電気通信基礎技術研究所)、和泉(九州大学)、中江(国際電気通信基礎技術研究所)らの共同研究においても話し相手の性質が生体に影響することがわかってきています。今回春野は、リスク判断に関する課題を被験者に実施してもらい、磁気共鳴機能画像法(fMRI)によって脳の活動を計測するという研究を行いました。興味深いことに、相手の顔表情がアバターで提示される場合の方が、ヒトで提示される場合よりもリスクのある意思決定を促すことが判明しました。次にポジティブな顔表情フィードバックがあるかネガティブな顔表情フィードバックがあるかの曖昧性がアバター提示条件とヒト提示条件で異なることが、高リスクの意思決定を促進していました。この曖昧さに関する評価には脳の扁桃体が関わっているということもわかりました。この研究によりCAの利用が人の意思決定に与える影響が明らかとなり、今後CAを用いた人材支援などの場に応用されていくことが期待されます。

(https://www.nict.go.jp/press/2025/04/23-1.htmlから転載)
3. 今後の展開
新しく構築した被験者マルチオミクス解析基盤を最大限に活用して、「アバター共生社会」を含めた目標1の研究推進に貢献していきます。グループ6の基盤は脳、心理、分子(遺伝子や代謝物、タンパク質、サイトカインなど)を広範に測定することで、目の前の事象の全体像を捉え、重要なパラメータを抽出しようとするものです。この機能が今後のアバター共生社会の発展に資することが期待されます。