成果概要

誰もが自在に活躍できるアバター共生社会の実現6. 生体影響調査

2022年度までの進捗状況

1.概要

本研究開発テーマ「生体影響調査」では、CAやデバイスの利用が生体に与える影響の全体像を捉えようとしています。他のすべての研究開発項目と連携する項目であり、CAやデバイスが人体に作用するしくみの理解に立脚した新しいCAデザイン、CAの評価方法の構築、安心で持続的なCA利用法の確立などの波及効果を期待できるテーマです。
本グループでは、人体に含まれる1万種類以上の物質を網羅的に測定する「オミクス解析」を最大限に活用して、CAやデバイス利用の生体影響の全体像を明らかにしようとしています。この考え方は質問紙票を用いたアンケートベースの評価や特定の物質 (例: コルチゾール) のみによる評価といった従来の考え方とは大きく異なっており、CAやデバイスの利用が人体に与える影響を客観的かつ俯瞰的に明らかにできることから、本研究分野に大きな進展をもたらすことが期待されます。
2022年度は、本研究を大幅に進展させる新しい分子測定法の開発、ゲームや遠隔会議システムを利用した際の生体影響に関するデータ取得および解析、アバターの利用が脳活動に与える影響の解明、等に取り組み、オミクス解析を活用した生体影響調査の有効性を実証しました。

2.2022年度までの成果

<網羅的に代謝物を測定するための新しい技術を開発>

オミクス解析の一つに代謝物 (メタボライト) を網羅的に測定するメタボロミクスがあります。数あるオミクス技術の中でもメタボロミクスは網羅性を担保することが難しい技術です。生体内に存在する分子群は異なる物性を持っています。例えば、アミノ酸は水に溶けますが脂質は水に溶けません。分子の大きさが小さい物質もあれば大きい物質もあります。極性も異なります。メタボロミクスには質量分析計を使いますが、特定のセッティングで測定できる分子の物性の幅には限りがあり、一つのセッティングで多数の物質を測ることは困難でした。生体影響調査グループの和泉 (九州大学) はこの状況を大幅に前進させ、異なる極性の代謝物を一挙に測定できる新しい測定プラットフォーム (Unified-HILIC/AEX/MS) を確立しました。

<ゲーム利用の生体影響をマルチオミクス解析で解明>

本グループのマルチオミクス計測基盤を活用し、ゲームを利用した際に生じる生体影響を明らかにしました。興味深いことに、2時間のゲーム利用によって免疫細胞の遺伝子発現に変化が生じました。さらに、ゲームの利用によって生じる遺伝子発現変化の大きさと心理指標 (怒り・敵意) の減少に相関を認めました。以上の結果は、アバターやデバイスの利用が確かに生体分子の質・量に影響を与えること、その影響を測定することによって「免疫細胞の遺伝子発現と怒り・敵意の関係」のような新しい関係性を見出せること、を端的に示す成果です。

<アバター利用時の脳反応を解明>

春野 (脳情報通信融合研究センター) は、アバター利用時の脳反応を計測し、脳に優しく効果的なアバター利用を提案しようとしています。本年度は、ギャンブリング課題におけるアバター利用の効果を調べました。被験者がギャンブリング課題に取り組み、その様子を別の人間が観察するという実験です。その結果、被験者は、観察者の顔が表示されているときよりも観察者がアバターとして表示されている時の方が挑戦的な行動をするようになることがわかりました。アバター利用による行動の変容と脳の扁桃体領域の活動が関係することもわかりました。アバターの利用が人間の行動を変容させることを明確に示す成果です。

3.今後の展開

これまでの進捗により、網羅的な分子測定による生体影響調査の有用性を実証できました。今後は、ゲームやギャンブル以外の様々な文脈 (対話、運動、デバイス利用等) で同様のデータ取得を行い、タスクの性質や被験者の応答をマルチオミクスデータとして表現します。このことによって、マルチオミクスデータによる性能評価や安全性評価という新しい領域を拓きます。脳情報の変化と代謝・遺伝子の変化がどのように関連し合っているのかを調べることも可能となり、幅広い波及効果をもつテーマと言えます。