革新的コンピューティング技術の開拓

1.研究領域の概要

 超スマート社会を実現しその持続可能性を維持するためには、情報処理基盤の要であるコンピュータシステムの飛躍的かつ継続的な発展が必要不可欠となります。しかしながら、近い将来、半導体の微細化がついに限界に達すると予想されており、コンピュータシステムを進化させ続けるための新しい概念や技術の創出が求められています。
 そこで本研究領域では、半導体微細化に頼らない革新的コンピューティング技術の開拓を目指します。大きなダイナミズムを有する超スマート社会を支える情報処理基盤を構築するには、社会的変化と技術的進歩を敏感に察知し、将来を予測し、様々なトレードオフを考慮した上で、柔軟かつ斬新な発想に基づく次世代コンピュータシステムを実現しなければなりません。そこで、高性能化、低コスト化、低消費電力、安全性向上、高信頼化、運用容易性向上、など、様々な観点から次世代コンピュータシステムのあるべき姿を探求します。
 研究内容としては、1)回路、アーキテクチャ、システムソフトウェア、プログラミング、アルゴリズム、アプリケーションなどを対象としたクロスレイヤ、コデザインに基づく新しい高効率コンピューティング技術の確立、2)現在主流であるデジタルCMOS処理とは異なる新コンピューティング技術の創成、3)従来の計算モデルとは一線を画す新計算原理/新概念の創出、などを対象とします。そして最終的には、世界をリードする若手研究者を輩出するとともに、持続可能な超スマート社会の実現を可能にするための情報処理基盤の構築に貢献します。

2.事後評価の概要

2-1.評価の目的、方法、評価項目及び基準

「戦略的創造研究推進事業(社会技術研究開発及び先端的低炭素化開発を除く。)の実施に関する規則」における「第4章 事業の評価」の規定内容に沿って実施した。

2-2.評価対象研究代表者及び研究課題

2018年度採択研究課題

(1)粟野 皓光(京都大学 大学院情報学研究科 准教授)
深層学習の「見える化」で切り拓く安全な人間・機械協調社会

(2)伊藤 創祐(東京大学 大学院理学系研究科 講師)
情報幾何と熱力学による生体コンピューティング理論

(3)上野 嶺(東北大学 電気通信研究所 助教)
バッテリレス無線センサネットワークのためのポスト量子暗号計算技術

(4)大久保 潤(埼玉大学 大学院理工学研究科 准教授)
双対過程に基づくコンピューティングの展開

(5)鬼沢 直哉(東北大学 電気通信研究所 准教授)
エッジ型学習用ハードウェア実現に向けたインバーティブルロジックの創成

(6)佐藤 幸紀(豊橋技術科学大学 大学院工学研究科 准教授)
データフロー主導によるカスタム計算機システム開発基盤の体系化

(7)張 任遠(奈良先端科学技術大学院大学 情報科学領域 准教授)
単線駆動型高効率近似計算基盤

(8)髙瀬 英希(東京大学 大学院情報理工学系研究科 准教授)
データ中心開発パラダイムを実現する包括的なIoTシステム開発環境

(9)高前田 伸也(東京大学 大学院情報理工学系研究科 准教授)
アーキテクチャとアルゴリズムの協調による高効率深層学習システムの創出

(10)山本 英明(東北大学 電気通信研究所 准教授)
バイオニック情報処理システムの人工再構成

2-3.事後評価会の実施時期

2021年12月 各研究者からの研究報告書に基づき研究総括・領域アドバイザーによる事後評価

2-4.評価者

研究総括
井上 弘士 九州大学 大学院システム情報科学研究院 教授
領域アドバイザー
河野 崇 東京大学 生産技術研究所 教授
権藤 正樹 イーソル(株) 取締役・CTO・技術本部長
竹房 あつ子 情報・システム研究機構 国立情報学研究所 教授
田中 良夫 産業技術総合研究所 情報セキュリティ部 部長
谷口 忠大 立命館大学 情報理工学部 教授
中条 薫 (株)SoW Insight 代表取締役社長
中島 康彦 奈良先端科学技術大学院大学 先端科学技術研究科 副領域長・教授
成瀬 誠 東京大学 大学院情報理工学系研究科 教授
前澤 正明 中国科学院 上海微系統与信息技術研究所 研究員
宮森 高 東芝デバイス&ストレージ(株) 半導体研究開発センター センター長
外部評価者
該当なし

3.総括総評

 超スマート社会を実現しその持続可能性を維持するためには、情報処理基盤の要であるコンピュータシステムの飛躍的かつ継続的な発展が必要不可欠となる。しかしながら、近い将来、半導体の微細化がついに限界に達すると予想されており、コンピュータシステムを進化させ続けるための新しい概念や技術の創出が求められている。本研究領域は、この問題に対する直接的な解を見出すべく、革新的なコンピューティング技術の開拓を目指し、以下の「3つの心構え」を元に研究を進めた。

・さきがけは個人研究→自由闊達な研究をやるべし!
・さきがけは切磋琢磨できる場→大いに刺激を受けるべし!
・さきがけは世界への登竜門→大いに成長すべし!

 1期生は、新計算モデル、機械学習/最適化、アナログ処理、セキュリティ、バイオ/ニューロなどに関する新しいコンピューティング技術に加え、アクセラレータやIoT/クラウド環境を前提としたアーキテクチャ設計技術など、幅広い分野における挑戦的・独創的な研究テーマに挑戦した。「革新的コンピューティング技術」という大きな傘のもと、研究者達は、物理、数学、デバイス、回路、アーキテクチャ、システムソフトウェア、アルゴリズム、プログラミング、といった、まさにシステム階層を従横断した議論を重ね、互いに刺激を受け合い、切磋琢磨した。その結果、将来のコンピューティング技術を支える大きな成果が得られている。

 伊藤氏ならびに大久保氏は、数理・物理の観点からコンピューティングを捉え、新しい原理や理論を構築した。これらの成果は、計算モデルを抜本から再構築する一つの方向性を示す価値あるものである。また、上野氏は深層学習によるサイドチャネル攻撃を対象に攻撃能力に関する数理的解析を可能にし、当該分野に大きく貢献した。粟野氏ならびに高前田氏は信頼性の観点からAIコンピューティングを捉え、それに基づく新しい人とロボットとのインタフェースやコンピュータアーキテクチャ技術を創出した。次世代AI処理基盤としての大きな飛躍が期待される。また、佐藤氏は高位最適化手法に基づくアクセラレーションフレームワーク、髙瀬氏はエッジからクラウドまでを対象とした次世代IoT開発フレームワークを構築し、将来のシステム設計法に関する新たな方向性を示した。鬼沢氏によるインバーティブルロジック技術、張氏による新アナログ計算技法は今後の新しい回路アーキテクチャ/回路設計技術の基礎を築いた。また、山本氏による人工神経細胞を用いたバイオニック情報処理は、従来と一線を画す新しいコンピューティングの可能性を示したものである。以上のように、各研究者は様々な観点から新しい理論の確立や技術の開発、フレームワークの構築を行っており、将来大きな影響を与える多くの成果を挙げるとともに、革新的コンピューティングを開拓した。

※所属・役職は研究終了時点のものです。