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- ゲノムスケールのDNA設計・合成による細胞制御技術の創出
本研究領域はゲノムの構造と機能に関する基本原理(ゲノムの動作原理)の解明とその知見に基づく細胞利用の基盤技術の創出を目指すものである。特に、長鎖DNAの活用を通して細胞の制御を目指すことで生命科学、ゲノム科学、細胞工学などのライフサイエンスのフロンティアの開拓と技術基盤の確立を目指す。
近年、世界的に長鎖DNAを活用した研究開発が加速している。これらはいずれも合成生物学の流れを汲むものであり、米国、中国、英国では複数の拠点が形成され、基礎研究や技術開発、ベンチャー企業の育成など戦略的な投資が行われている。しかしながら、各国の取り組みを見ると、細胞を任意に制御するためのゲノムの設計指針にまで踏み込んだ研究開発は少ないように見受けられる。
そこで、本研究領域では将来的なゲノム設計の基盤技術の構築に向けゲノムの動作原理の解明を目的とした研究開発に取り組む。ここでは、進展が著しい長鎖DNAの活用を視野に「ゲノムの構造と機能の解明」、「ゲノム設計のための基盤技術」、「ゲノムスケールのDNA合成技術」、「人工細胞の構築」の4つの課題を推進し、ゲノムの複雑な機能と構造に関する知見の創出とゲノム合成や人工細胞に関する新たな技術の構築を目指す。
「戦略的創造研究推進事業(社会技術研究開発及び先端的低炭素化開発を除く。) の実施に関する規則」における「第4章 事業の評価」の規定内容に沿って実施した。
(1)岩川 弘宙(東京大学 定量生命科学研究所 講師)
大規模ゲノム改変を可能にするRNAサイレンシング回避技術の確立
(2)大関 淳一郎((公財)かずさDNA研究所 先端研究開発部 研究員)
メガベースサイズの人工DNAを用いたヒト人工染色体の設計・構築と汎用化
(3)栗原 大輔(名古屋大学 トランスフォーマティブ生命分子研究所 特任講師)
膜融合による植物への長鎖DNA導入技術の開発
(4)車 兪澈(海洋研究開発機構 超先鋭研究開発部門 副主任研究員)
ミニマルゲノムから成る人工細胞の構築
(5)近藤 周(東京理科大学 先進工学部 准教授)
ショウジョウバエ染色体工学による超巨大DNAや大規模遺伝子回路の構築法
(6)大学 保一(東北大学 学際科学フロンティア研究所 助教)
レプリケーター領域の構成的理解を介したゲノム複製の制御技術の確立
(7)坪内 知美(自然科学研究機構 基礎生物学研究所 准教授)
細胞融合・分離が可能にする標的細胞の形質転換
(8)野澤 佳世(東京大学 定量生命科学研究所 助教)
遺伝子を活性化するDNAルーピング機構の構造基盤の解明
(9)山本 哲也(北海道大学 創成研究機構化学反応創成研究拠点 特任准教授)
DNAのクラスター形成による転写制御の物理
2021年11月16日(火曜日) 事後評価会開催
塩見 春彦 | 慶應義塾大学医学部 教授 |
朝倉 陽子 | 味の素(株) R&B企画部 シニアマネージャー |
石井 浩二郎 | 高知工科大学 環境理工学群 教授 |
今井 由美子 | 医薬基盤・健康・栄養研究所 感染病態制御ワクチンプロジェクト プロジェクトリーダー |
岩崎 信太郎 | 理化学研究所 開拓研究本部 主任研究員 |
戎家 美紀 | EMBL Barcelona Group Leader |
岡﨑 寛 | 理化学研究所 創薬・医療技術基盤プログラム プログラムディレクター |
小比賀 聡 | 大阪大学 大学院薬学研究科 教授 |
角谷 徹仁 | 東京大学 大学院理学系研究科/情報・システム研究機構 国立遺伝学研究所 教授 |
北島 智也 | 理化学研究所 生命機能科学研究センター 副センター長・チームリーダー |
黒川 顕 | 情報・システム研究機構 国立遺伝学研究所 教授 |
菅野 純夫 | 千葉大学 未来医療教育研究機構 特任教授 |
鈴木 勉 | 東京大学 大学院工学系研究科 教授 |
二階堂 愛 | 東京医科歯科大学 難治疾患研究所 教授 |
横川 隆司 | 京都大学 大学院工学研究科 教授 |
該当なし |
さきがけ研究領域「ゲノムスケールのDNA設計・合成による細胞制御技術の創出(ゲノム合成)」では、ゲノムの構造と機能に関する基本原理(ゲノムの動作原理)の解明とその知見に基づく細胞利用の基盤技術の創出を目指している。このため、ゲノムや細胞を人工的に合成し制御する新しい技術や設計理論の基盤を構築し、それを検証していく。つまり、「創って調べて制御する」ゲノム合成生物学をさまざまな見地から進めている。
近年のゲノム解析研究は、タンパク質をコードする遺伝子の数は発生の複雑さに比例して増大するものではないことを明らかにした。また、多くのタンパク質のアミノ酸配列も種間でよく保存されていることから、ゲノムに存在する遺伝子の数よりそれらの時空間的発現制御が重要であることが示されている。一方、染色体の数や大きさ、染色体上の遺伝子の配置は種間で大きく異なり、このことが種特異的な時空間的遺伝子発現制御を可能にしているとの仮説が提唱されている。しかし、従来の手法を用いている限り、大規模なゲノム改変や異種ゲノムの導入・起動を行い上記の仮説を検証し、ゲノムの動作原理を理解することは難しく、10kbp程度以上の長鎖DNAの人工合成・ハンドリング・細胞導入・人工細胞構築のための基盤技術とゲノムの設計ルールの解明のための予測技術の開発が不可欠である。本領域ではそれらを可能にする野心的な提案を意識的に採択した。第1期生でも、自己複製可能な人工細胞作製のため、基質分子と遺伝子からリン脂質を合成する人工細胞の構築(車)、ショウジョウバエ遺伝学・染色体工学を利用した長鎖DNA合成の方法論とプラットフォームの開発(近藤)など、大胆な技術開発により今後の研究発展につながる展望を得ることができた。また、転写やクロマチン構造についてポリマー物理学的な理論側面を数式化して原理の抽出を試みる研究(山本)も、きわめてユニークな方法論であり、今後の進展が期待される。
ゲノムの構造と機能の解明に寄与する基礎研究においては、ゲノムの動作原理の理解を目的とする幾つかのテーマが進められた。植物におけるRNAサイレンシングに関する主要因子を用いた試験管内再構成系により分子経路の各ステップを解明し制御する研究(岩川)、同定が極めて困難なヒト染色体複製起点を全く新しい手法を用いて同定し、複製と転写の相互作用や干渉を理解する研究(大学)、試験管内再構成と構造解析により遺伝子発現を制御するDNAループやクロマチン構造、コヒーシンの新たな機能を明らかにする研究(野澤)において、遺伝子発現の活性化や抑制、転写とカップリングしたDNA複製制御などに関するさまざまな新しい知見が得られた。
また、ゲノムスケールのDNA合成とその細胞への導入技術の開発においては、独自のセントロメアDNAリピートを組み合わせる技術を用いてヒト人工セントロメアを合成し、ヒト人工染色体の機能構造を解析する研究(大関)、マイクロ流路を用いた細胞融合系の確立を通してリプログラミング機構を解析する研究(坪内)、植物細胞への長鎖DNA導入に向けた植物での受精卵・胚培養系構築およびDNA包埋ビーズの作製とその細胞への導入(栗原)についても興味深い研究が進められた。これらの過程で、マイクロ流路を用いた細胞融合系が長鎖DNAや異種ゲノムを細胞に導入する非常に強力なツールであることが領域内で広く認識され、共同研究を通して実用化が進められている。今後、大規模なゲノム改変や異種ゲノムの導入・起動につながる画期的な手法の開発が期待される。
本領域では研究者間の共同研究を推奨した。その結果、第2期生、第3期生を含む本領域のさきがけ研究者同士、および本領域とのハイブリッド領域であるCRESTの研究者との間で共同研究が多数生まれて大きな成果に結びついてきていることは期待以上である。また、コロナ禍においても、定期的に本領域のCREST・さきがけ合同進捗報告会をオンラインで開催し、アドバイザーや総括のみならず研究者が互いに批評・助言することによって研究のレベルが向上し領域が活性化した。その結果、第1期生9名中4名が研究期間中に、さらに4名が研究期間終了後に異動・独立または内部昇進し、独自の研究分野をさらに切り拓ける立場に就いた。競争的研究費に関しても、創発的研究支援事業に4名が採択され、研究を発展させるための継続的な資金獲得に繋がっている。このことは、本領域研究者の高い実力が認められたと同時に、本領域の質の高さを示すものであり、さらに本領域が将来の主導的研究者の養成についても一定の役割を果たしたことを示す指標であると考える。
※所属・役職は研究終了時点のものです。