熱輸送のスペクトル学的理解と機能的制御

1.研究領域の概要

 本研究領域は、将来の持続可能社会および高度情報化社会・産業に革新をもたらすデバイスや新材料の実現に資するために、熱輸送の指向性制御やスイッチングとそれを可能にする原理解明、さらにその理解を支援する計算手法あるいは熱輸送のスペクトル計測等の基盤技術の創出を目指します。
 具体的には、フォノン、分子振動、電子、フォトン(電磁波)、さらにスピンなどの熱を輸送する機構にまで立ち返り、従来の巨視的な熱輸送の概念に、新たに特徴と機能を付与する画期的な研究を推進します。例えば、これらの熱輸送機構について周波数や波長ごとの成分に分解し、成分ごとの輸送指向性付与、遮断を含むオンオフ制御、特定の周波数成分によるエネルギー変換などが想定されます。それによって、熱輸送の本質的な理解と制御に寄与する基盤技術、ならびにそれに関するスペクトル学理の構築を目指します。
 本研究領域では、機械系、物理系、材料系に加え、化学系、生物系、情報系、数理系など、幅広い専門分野の研究を推進し、異なる分野の科学的知識を融合した総合的な取り組みを奨励します。そして、熱の輸送を自在に操るなどといった新たなサイエンスを切り拓く挑戦的・独創的な研究を推進します。

2.事後評価の概要

2-1.評価の目的、方法、評価項目及び基準

「戦略的創造研究推進事業(社会技術研究開発及び先端的低炭素化開発を除く。)の実施に関する規則」における「第4章 事業の評価」の規定内容に沿って実施した。

2-2.評価対象研究代表者及び研究課題

2017年度採択研究課題

(1)井藤 彰(名古屋大学 大学院工学研究科 教授)
ナノ・ヒーティングによる生体組織凍結保存技術の創出

(2)岡島 元(青山学院 大学理工学部 助教)
ラマン温度イメージングによる分子選択的な熱分析

(3)小川 直毅(理化学研究所 創発物性科学研究センター チームリーダー)
イメージング分光による非相反量子輸送物質の開拓

(4)澤田 敏樹(東京工業大学 物質理工学院 助教)
生体高分子の階層的な集合化を利用したナノスケール熱動態の理解と機能制御

(5)志賀 拓麿(東京大学 大学院工学系研究科 講師)
フォノンの粒子性・波動性を利用したスペクトル・エンジニアリング

(6)田口 良広(慶應義塾大学 理工学部 教授)
近接場光を用いたフォノン熱輸送過程の可視化

(7)南谷 英美(自然科学研究機構 分子科学研究所 准教授)
層状物質における電子フォノン相互作用の波数・エネルギー分解第一原理解析

(8)矢吹 智英(九州工業大学 大学院工学研究院 准教授)
沸騰熱伝達特性スペクトルの計測・制御による新熱デバイス創出

2-3.事後評価会の実施時期

各研究者からの研究報告書に基づき、2021年3月に研究総括による事後評価結果を作成

2-4.評価者

研究総括
花村 克悟 東京工業大学 工学院 教授
領域アドバイザー
粟野 祐二 慶應義塾大学 理工学部 特任教授
大野 恵美 (株)IHI 資源・エネルギー・環境事業領域 主幹
木崎 幹士 トヨタ自動車(株) パワートレーンカンパニーFC製品開発部
チーフプロフェッショナルエンジニア
小池 洋二 東北大学 名誉教授
中村 真一郎 DENSO International America, Inc.Silicon Valley Innovation Center Senior Vice President
藤田 博之 東京都市大学 総合研究所 特任教授
船津 高志 東京大学 大学院薬学系研究科 教授
宗像 鉄雄 産業技術総合研究所 つくばセンター 次長
森 孝雄 物質・材料研究機構 機能性材料研究拠点 グループリーダー
森川 淳子 東京工業大学 物質理工学院 教授
萬 伸一 理化学研究所 創発物性科学研究センター コーディネーター

※所属および役職は評価時点のものです。

3.総括総評

 本研究領域は、熱輸送の指向性制御やスイッチングとそれを可能にする原理解明、さらにその理解を支援する計算手法あるいは熱輸送のスペクトル計測等の基盤技術の創出を目指している。そのため、機械系、物理系、材料系、化学系、生物系、情報系、数理系など、異なる分野の科学的知識を融合した総合的な取り組みを奨励している。
 前述の領域の方針のもと、2020年度に終了する第1期としては、機械系、物理系など主要な研究分野に加え、化学系、生物系など幅広い分野にわたり挑戦的な8課題を採択した。採択後は、領域会議や研究会などを通じて、異なる分野の研究者間において議論を行うなど、分野融合に向けた活発な活動を行った。また、各研究者は領域の趣旨をよく理解し、総括・アドバイザーのアドバイス、産業界との意見交換などを踏まえつつ、自身の従来の枠組み越えた研究にも挑戦し、それぞれ顕著な成果を上げた。
 例えば、小川研究者は、結晶中で発現する非相反物性の基礎物理と限界を明らかにし、バルク物質の熱流制御への応用可能性の探索を行った。特に、実空間で直感に訴える画像情報は非常に強力な物性解析ツールであり、非相反流の分散/空間伝搬をイメージング分光により検出し、方向性を有した量子流/熱流の空間構造と非平衡ダイナミクスの理解を推進した。
 また、さきがけ「熱制御」領域内のみだけでなく、CREST「ナノスケール・サーマルマネージメント基盤技術の創出」領域と合同でイベントなどを実施しており、これらを通じた研究者間の連携等により、新たな共同研究なども生まれた。
 さらに、8人のうち5人がさきがけ研究期間中に昇進しており、さきがけ研究を通じてそれぞれの研究分野において認知されるとともに、研究室を主宰するPIとしての能力も着実に成長している。 今後、これらの研究者がさきがけで得られた研究基盤や人的ネットワークを活かして、更なる飛躍をとげることを期待している。