生体における微粒子の機能と制御

1.研究領域の概要

 本研究領域では、生体内の微粒子の動態や機能の解明、さらにはそれらの制御に関する研究開発の推進によって、微粒子により惹起される生命現象の本質的な課題に取り組みます。
 近年、環境中の様々な微粒子(外因性微粒子)の生体内への影響や、生体内で形成された微粒子(内因性微粒子)の機能が注目されています。例えば外因性微粒子では、PM2.5やカーボンナノチューブなどと疾患との関連性の研究が進められ、内因性微粒子ではエクソソームなどの体内動態や機能発現に基づく診断技術に関する研究が多数報告されています。
 しかしながら、外因性微粒子については、生体内への取り込み過程、分布や局在等の挙動については多くが未解明のままとなっており、有害微粒子の対策が遅々として進んでいません。また、内因性微粒子については、細胞内での生成過程、細胞外動態、さらにはその生物学的意義について不明な点が多く、これらの微粒子を対象とした診断や治療技術の開発における本質的な課題となっています。さらに、これらの微粒子の生体内での定量分析や動態把握は、粒径の多様さや観察技術の遅れなどから、既存の技術では正確な解析が十分には行われていない状況です。
 以上を踏まえ、本研究領域では、生体内の微粒子の機能の解明とその制御を目的とした研究開発を推進します。具体的には、環境や生体に影響を及ぼす微粒子の機能解明をしようとする課題、生体内の微粒子の動態解析の新技術に着目し、それを汎用的な技術に発展させようとする課題、さらには、微粒子の生理学的意義を通じた制御技術の開発から健康に寄与する新技術を創出する課題などに取り組み、環境や健康に関する各種課題解決に貢献します。

2.事後評価の概要

2-1.評価の目的、方法、評価項目及び基準

「戦略的創造研究推進事業(社会技術研究開発及び先端的低炭素化開発を除く。)の実施に関する規則」における「第4章 事業の評価」の規定内容に沿って実施した。

2-2.評価対象研究代表者及び研究課題

2017年度採択研究課題

(1)池上 浩司(広島大学 大学院医系科学研究科 教授)
一次繊毛由来微粒子の多次元動態と制御

(2)小根山 千歳(愛知県がんセンター研究所 腫瘍制御学分野 分野長)
エクソソームの量と質を制御するメカニズムの解明

(3)金 秀炫(東京大学 生産技術研究所 講師)
単一エクソソームトランスクリプトーム解析法によるエクソソーム内RNAの網羅的解析

(4)黒田 悦史(兵庫医科大学 免疫学講座 主任教授)
吸入性微細粒子による免疫活性化機構の解明

(5)小嶋 良輔(東京大学 大学院医学系研究科 助教)
In vivo における多対多のアッセイを基盤としたエクソソームターゲティングシステムの効率的探索

(6)白崎 善隆(東京大学 大学院薬学系研究科 特任助教)
内因性微粒子の放出と細胞間伝播の現場を可視化する技術の開発

(7)高橋 暁子(がん研究会 がん研究所(公財)細胞老化プロジェクト プロジェクトリーダー)
遊離核酸断片の生体機能の解明と制御法の開発

(8)武内 敏秀(近畿大学 ライフサイエンス研究所 特任講師)
細胞外小胞を介したタンパク質恒常性維持機構の包括的理解

(9)中山 勝文(立命館大学 薬学部 教授)
マクロファージによる粒子状物質パターン認識機構の解明

(10)諸石 寿朗(熊本大学 大学院生命科学研究部 教授)
がん免疫を賦活化する細胞外小胞の生成メカニズムと作用機序の解明

(11)山口 知也(熊本大学 大学院先導機構 独立准教授
肺腺がんにおける内因性微粒子の制御機構の解明

(12)龍崎 奏(九州大学 先導物質化学研究所 助教)
形状と組成情報に基づく 1 粒子解析技術の開発

2-3.事後評価会の実施時期

2021年1月4日(月曜日)事後評価会開催

2-4.評価者

研究総括
中野 明彦 理化学研究所 光量子工学研究センター 副センター長
領域アドバイザー
齊藤 達哉 大阪大学 大学院薬学研究科 教授
佐藤 健 群馬大学 生体調節研究所 教授
塩見 美喜子 東京大学 大学院理学系研究科 教授
芝 清隆 がん研究会 がん研究所 部長
田名網 健雄 横河電機(株) マーケティング本部 担当部長
渡慶次 学 北海道大学 大学院工学研究院 教授
中戸川 仁 東京工業大学 生命理工学院 准教授
前田 達哉 浜松医科大学 医学部 教授
山口 茂弘 名古屋大学 トランスフォーマティブ生命分子研究所 教授
吉森 保 大阪大学 大学院生命機能研究科 教授
外部評価者
該当者なし  

※所属および役職は評価時点のものです。

3.総括総評

 さきがけ研究領域「生体における微粒子の機能と制御」の第一期生(2017年度採択)12名が最終年度をほぼ終え、事後評価の対象となった。
 本領域では、内因性および外因性の細胞外微粒子について、その形成、分子組成・形状等の性質、細胞外動態、さらには生体側での応答等について、さまざまな見地からの研究が進められている。
内因性も外因性も共に、細胞外微粒子として取り扱われる材料の多くは、出自、性質の異なる多様な微粒子の混合物であり、その平均値としての作用を解析している限り、個々の微粒子の特異的な生理作用を理解することは難しい。その問題の解決のためには、単一微粒子の個別の性状解析が可能な方法論の開発がきわめて重要であり、そのための野心的な提案を意識的に採択している。第一期生の中でも、単一粒子捕捉ビーズをトラップするマイクロウェルの設計とRNA解析(金)、微細なナノポアデバイスを通過する単一微粒子の形状と分子組成をイオン電流とプラズモン増強ラマン分光によって解析する技術の開発(龍崎)など、大胆な技術開発により今後の研究発展につながる展望を得ることができた。また、個別にではなく、多様な個性の微粒子を包括的に解析しようという、バーコード化エクソソームライブラリーを利用した網羅的な研究(小嶋)も、きわめてユニークな方法論であり、今後の進展が期待される。
 内因性細胞外微粒子の研究においては、多胞体由来の細胞外小胞(エクソソーム)に関するいくつかのテーマが進められた。Srcシグナル依存的に形成される細胞外小胞(小根山)、細胞老化に伴い産生される遊離核酸断片を含む細胞外小胞(髙橋)、がん免疫を賦活化する細胞外小胞(諸石)、タンパク質の恒常性維持に関与する細胞外小胞(武内)、肺腺がんに関与するROR1キナーゼが形成を制御する細胞外小胞(山口)について、さまざまな新しい知見が得られた。また、一次繊毛に由来する細胞外小胞の解析過程で新たに見出された一次繊毛依存性の細胞外小胞(池上)についても興味深い研究が進められた。これらの過程で、細胞外小胞の可視化は非常に強力なツールであり、小根山が開発した高輝度発光タンパク質NanoLucを用いる技術は、領域内で広く活用され、また白崎が開発した1細胞観察システムを用いた細胞外小胞放出の実時間観察は、メカニズムの解明につながる画期的な手法と期待される。
 外因性微粒子については、アレルギー性炎症の免疫活性化を引き起こす水酸化アルミニウム(黒田)と、近年その毒性が注目されるカーボンナノチューブ(中山)の作用機序について、精力的な研究が進められ、大きな成果が得られつつある。IL-1α、β等の分泌を伴う免疫システムの重要性が示され、今後のさらなる展開が期待される。
 研究者個人を支援するさきがけ研究にふさわしく、若い研究者が自由に活発な研究を進めたが、研究の進展に伴い、さきがけ研究者同士(二期生、三期生をも含む)での共同研究がどんどん生まれていったのは大変好ましいことであった。また、一期生12名中5名が、研究期間中に異動・独立、あるいは内部昇任し、独自の研究分野をさらに切り拓ける立場に就いたことも、さきがけ研究者の高い実力が認められたと同時に、本研究領域のさらなる発展に資することであり、非常に喜ばしいことである。