量子の状態制御と機能化

1.研究領域の概要

 量子現象をただ観るのではなく、制御して機能化するフロンティアを切り拓く独創的で意欲的な研究を本研究領域では推進します。様々な原子、分子、物質、ナノ構造、電磁波、生命体や、それらが相互作用する系に潜む量子現象の本質を紐解き、挑戦的な量子状態の操作・制御・測定をとおして新概念、新機軸、新技術の創成に大きく寄与します。これらがシーズとなり、将来的には革新的な情報処理技術、計測技術、標準化技術、通信ネットワーク技術、省エネ技術などに発展することを目指します。高度な洞察力と、理論展開・実験技術・計算技術などに支えられた実力を駆使して、量子科学とその応用の将来を世界レベルでリードする若手研究者の輩出を目指します。具体的には、量子が関わる物理学、情報科学、化学、工学や生物学のみならず、数理科学、物質科学、ナノ構造科学などの多岐に渡るテーマを推進し、これら異分野の連携・融合を促進するプラットフォームを構築します。

2.事後評価の概要

2-1.評価の目的、方法、評価項目及び基準

「戦略的創造研究推進事業(社会技術研究開発及び先端的低炭素化開発を除く。)の実施に関する規則」における「第4章 事業の評価」の規定内容に沿って実施した。

2-2.評価対象研究代表者及び研究課題

2017年度採択研究課題

(1)猪股 邦宏(産業技術総合研究所 新原理コンピューティングセンター 主任研究員)
量子プロセッサーの大規模化へ向けた量子インターコネクションの基盤技術の創成

(2)川上 恵里加(理化学研究所 開拓研究本部 チームリーダー)
ヘリウム表面上の電子を用いた万能デジタル量子コンピューターの実現へ向けて

(3)小塚 裕介(物質・材料研究機構 磁性・スピントロニクス材料研究拠点 独立研究者
量子計算のための高品質酸化亜鉛を用いた材料基盤創出

(4)武田 俊太郎(東京大学 大学院工学系研究科 准教授)
プログラマブルなループ型光量子プロセッサの開発

(5)中島 秀太(京都大学 白眉センター 特定准教授)
冷却原子系を用いた量子時空ダイナミクスシミュレータ

(6)橋坂 昌幸(日本電信電話(株) NTT物性科学基礎研究所 主任研究員)
準粒子量子光学の確立に向けた量子ホール回路技術

(7)馬場 基彰(京都大学 白眉センター 特定准教授)
量子状態の制御と保護を両立させる相転移環境

(8)Fraser Michael(理化学研究所 創発物性科学研究センター 客員研究員)
励起子 - ポラリトンにおける強相関トポロジカルハルデーンモデルの実現

(9)堀切 智之(横浜国立大学 大学院工学研究院 准教授)
量子ネットワーク構成技術とその応用研究

(10)森前 智行(京都大学 基礎物理学研究所 准教授)
セキュアクラウド量子計算における量子スプレマシー

2-3.事後評価会の実施時期

2020年11月14日(土曜日)事後評価会開催

2-4.評価者

研究総括
伊藤 公平 慶應義塾大学 理工学部 教授
領域アドバイザー
小川 哲生 大阪大学 大学院理学研究科 教授
上妻 幹旺 東京工業大学 理学院理学系 教授
小林 研介 東京大学 大学院理学系研究科附属知の物理学研究センター/物理学専攻 教授
/大阪大学大学院理学研究科 物理学専攻 教授
高橋 義朗 京都大学 国際高等教育院/大学院理学研究科 教授
谷 誠一郎 日本電信電話(株) NTTコミュニケーション科学基礎研究所 グループリーダー
中村 泰信 東京大学 先端科学技術研究センター 教授
橋本 秀樹 関西学院大学 理工学部 教授
藤原 聡 日本電信電話(株) NTT物性科学基礎研究所 上席特別研究員
古川 はづき お茶の水女子大学 基幹研究院 教授
萬 伸一 理化学研究所 創発物性科学研究センター コーディネーター
外部評価者
該当者なし  

※所属および役職は評価時点のものです。

3.総括総評

 本領域が研究対象とする量子情報分野、特に量子コンピュータ・量子通信・量子暗号の近年の進展は凄まじいものがあります。しかし、その流れに参加することは「追従」であり「さきがけ」ではありません。今の発展は、先見性のある研究者たちのさきがけた基盤のうえに築かれていることを認識することが大切です。それだけに本領域では、さきがけ研究の 3 年間でコンパクトな成果を出すのではなく、さきがけ研究から始まる挑戦が、さきがけ研究終了後の 10 年間で量子状態制御の新しい潮流を生み出すという目標を、領域の発足当初から明確にしてきました。そのために、本領域では様々なバックグラウンドを有する研究者をバランスよく採用し、彼(女)らが 議論を深め、スケールの大きい目標に向かって勇気を持って力強く協調的に挑戦する環境を整えることを心がけています。そして、研究領域において研究者が影響し合い、異分野連携・融合的な視点で問題解決に取り組む中で、科学技術イノベーションの源泉となる研究成果を創出するとともに、量子科学とその応用の将来を世界レベルでリードする若手研究者を輩出することを目指しています。
 このような視点において、量子情報理論を専門とする森前智行博士が古典計算と量子計算の性能を科学的かつ厳密に比較したことを高く評価します。武田俊太郎博士は、大規模・汎用的でプログラマブルな量子コンピューティングをループ型の光量子プロセッサを用いて実現する実験に取り組みました。川上恵里加博士は、液体ヘリウム上の単一電子スピン状態を量子ビットに採用し、実用性のあるゲート型量子コンピュータの実現を目指す実験に取り組みました。武田博士と川上博士の研究の共通点は、自らのアイデアを世界最高レベルの実験技術で具現化していくということで、本さきがけ期間中に要素技術を磨き上げました。その他の研究者も、理論・実験の両面において、10 年後の主流の源流になるべく鋭意努力しました。コロナ禍においても逞しく研究を進めた本領域の2 期生は、どんな状況においても挑戦することの大切さを印象づけてくれました。