生命機能メカニズム解明のための光操作技術

1.研究領域の概要

 本領域では、光によって生体を制御する革新的な技術の開発を目的とする。このため、「操作」および「観察」とそれらの技術を活用した「機能解明」の3つを領域の柱とし、異分野による連携、融合による新しい生体機能制御技術の確立を目指す。
 近年、ライフサイエンス分野では、光の特性を活かした様々な操作技術の開発により、生命現象の理解が飛躍的に進展しようとしている。例えば、オプトジェネティクスは、光感受性タンパク質の神経細胞への発現と特定波長の光照射によって、脳神経回路の機能解明に革命的な変化をもたらした。また、最近では、光感受性タンパク質を用いた酵素活性や細胞内シグナル伝達の操作技術、ゲノム編集などとの組合わせによる遺伝子発現の制御技術など、新たな生体機能制御技術の萌芽も確認される。
 これらの技術開発が爆発的に広がろうとしている背景には、光関連タンパク質の同定や関連因子の知見が過去70年以上にわたって膨大に蓄積され、これらタンパク質を利用した生体への応用の基礎ができあがっていたことが挙げられる。そのため、基礎的な知見のさらなる展開により既存の技術の弱点を解消し、さらに、世界的にも新奇な光操作技術の開発が喫緊の課題として浮かび上がっている。
 以上のことから、本研究領域では、生体機能を光によって操作する技術、光操作によって表出する生命現象を観察・計測・解析する技術、さらにはそれらの技術を用いて生命機能の解明を目指す研究開発を推進する。領域の運営にあたっては、我が国が強みを持つ光生物学や光学、ナノテクノロジー、工学、生理学などとの連携を促すことで、革新的な光操作技術の確立を目指す。

2.事後評価の概要

2-1.評価の目的、方法、評価項目及び基準

「戦略的創造研究推進事業(社会技術研究開発及び先端的低炭素化開発を除く)の実施に関する規則」における「第4章 事業の評価」の規定内容に沿って実施した。

2-2.評価対象研究代表者及び研究課題

2016年度採択研究課題(ライフイベントによる研究中断により2020年11月終了)

(1)河野 恵子(沖縄科学技術大学院大学 膜生物学ユニット 准教授)
細胞老化の鍵を握る脂質新機能の光操作による解明

2017年度採択研究課題

(1)奥山 輝大(東京大学 定量生命科学研究所 准教授)
自閉症の病態解明を目指した樹状突起スパインの光操作

(2)加藤 英明(東京大学 大学院総合文化研究科 准教授)
構造情報を基にした新規チャネル型抑制性光遺伝学ツール開発

(3)河野 風雲(東京大学 大学院総合文化研究科 助教)
光駆動型抗体を基盤とする革新的光操作技術の開発

(4)近藤 邦生(自然科学研究機構 生理学研究所 助教)
新規ウイルスによる光神経回路解析法を用いた摂食神経回路の解明

(5)佐々木 拓哉(東京大学 大学院薬学系研究科 特任准教授)
末梢光変調による精神機能調節の解明

(6)鈴木 友美(京都大学 大学院理学研究科 助教)
光による生体膜機能制御

(7)塚本 寿夫(神戸大学 大学院理学研究科 准教授)
内在受容体を利用した生命機能の新規光操作手法の開発

(8)三上 秀治(北海道大学 電子科学研究所 教授)
生命活動をリアルタイムに追跡する超高速3D蛍光顕微鏡

(9)宮道 和成(理化学研究所 生命機能科学研究センター チームリーダー)
比較光遺伝学: 社会行動を司る神経回路の進化

(10)山吉 麻子(長崎大学 大学院医歯薬学総合研究科 教授)
眠れる遺伝子機能を呼び起こす革新的光操作技術の開発

(11)吉井 達之(名古屋工業大学 大学院工学研究科 助教)
光機能性小分子を基盤とした細胞内在性シグナル分子の自在な光操作

(12)吉田 史章(佐賀大学 医学部 准教授)
光による不随意運動疾患根治法

2-3.事後評価会の実施時期

2021年1月 各研究者からの研究報告書に基づき研究総括による事後評価

2-4.評価者

研究総括
七田 芳則 立命館大学 総合科学技術研究機構 客員教授/京都大学 名誉教授
領域アドバイザー
伊佐 正 京都大学 大学院医学研究科 教授
上田 昌宏 大阪大学 大学院生命機能研究科 教授
大内 淑代 岡山大学大学院医歯薬学総合研究科 教授
太田 淳 奈良先端科学技術大学院大学 先端科学技術研究科 教授
片岡 幹雄 奈良先端科学技術大学院大学 名誉教授
高本 尚宜 浜松ホトニクス(株) 中央研究所 室長
寺北 明久 大阪市立大学 大学院理学研究科 教授
寺﨑 浩子 名古屋大学 未来社会創造機構 特任教授
德富 哲 大阪府立大学 名誉教授
能瀬 聡直 東京大学 大学院新領域創成科学研究科 教授
森 郁恵 名古屋大学 大学院理学研究科 教授
山中 章弘 名古屋大学 環境医学研究所 教授
外部評価者
該当者なし  

※所属および役職は評価時点のものです。

3.総括総評

 本領域では、光によって生体を制御する革新的な技術の開発に取り組み、2020年度には第2期生(2017年度採択者)12名、およびライフイベントによりさきがけ研究を一時中断し研究期間を延長していた第1期生(2016年度採択者)1名を加え、計13名のさきがけ研究課題が終了した。本領域は、「生体機能を光によって操作する技術」、「光操作によって表出する生命現象を観察・計測・解析する技術」、さらには「それらの技術を用いて生命機能解明を目指す研究開発」の3つを領域の柱とし、異分野による連携・融合によって革新的な光操作技術の確立を目指している。本年度の評価対象は、領域の目標に合致した多種多様な内容となっている。多くの課題ではさきがけ研究の目的を十分に達成し、自身が責任著者となる研究成果を多数発表している。今後この分野を牽引していくことを期待する。一方、当初の目標に対して十分な成果が得られなかった課題もあるが、目的達成のために最大限の努力をし、時には得られた結果を踏まえて研究計画を新たな方向に展開させるなど工夫も見られ、今後の研究者人生の重要な基礎を築いたものと考えられる。
 領域全体としては、生命科学系のみならず化学、工学、光科学、医学など異分野の研究者が集い、さらにはマウスやラットに加え、昆虫やマーモセット、植物などを研究対象にしたことにより、領域会議などの場においても多面的な意見交換が行われた。これまでは異分野と思われていた研究者間の共同研究が盛んに行われたのも特徴的である。研究期間最終年度である2020年度の領域会議は新型コロナウイルス感染拡大防止の観点からオンライン開催となったが、そのような環境下でも互いに助言し合うことによって研究のレベルを向上させた。また、研究総括やメンターである担当領域アドバイザーとの意見交換も活発に行い、そのフィードバックを研究計画に積極的に反映させていた点も評価できる。加えて、同年度に発足したCREST「光の特性を活用した生命機能の時空間制御技術の開発と応用」の領域会議への参加など連携を進め、領域を超えた共同研究に発展させることができた。
 13名の研究者のうち、さきがけ採択後に昇進を果たした研究者が9名、また、7名の研究者が新たにPIとして活躍できるポストに着任し、研究者としての大きな成長が見られた。今後、これらの研究者が、領域会議等で形成したネットワークを生かして、光によって生体を制御する革新的な技術の開発に向けてさらに研究を発展させていくことを期待する。

主な領域の活動状況

■研究成果報告を兼ねた学会シンポジウム・ワークショップの開催: 2回
・2020年7月29日~8月1日 第43回日本神経科学大会シンポジウム(ストリーミング配信)
 「サリエンスシグナルのゆらぎ: 分子構造から神経回路・社会性行動まで」
 発表者:奥山輝大研究者、加藤英明研究者、宮道和成研究者、ほか
・2020年9月16日 第58回日本生物物理学会共催シンポジウム(オンライン)
 「光操作による生命機能研究の新展開」
 発表者:河野風雲研究者、鈴木友美研究者、三上秀治研究者、吉田史章研究者、ほか

■さきがけ共同研究フィージビリティスタディに申請し、承認された課題: 9件
承認年度研究者名
2019井上謙一研究者(1期生)角田聡研究者(1期生)吉井達之研究者(2期生)
2019野間健太郎研究者(1期生)吉井達之研究者(2期生) 
2019加藤英明研究者(2期生)四方明格研究者(3期生) 
2019德田崇研究者(1期生)山吉麻子研究者(2期生) 
2019高山和雄研究者(1期生)近藤邦生研究者(2期生) 
2019加藤英明研究者(2期生)永田崇研究者(3期生) 
2019奥山輝大研究者(2期生)加藤英明研究者(2期生)宮道和成研究者(2期生)