革新的触媒の科学と創製

1.研究領域の概要

 現代社会では、石油を主な炭素資源として、化成品やエネルギーへ変換可能な原料を生産しています。石油に加えて、天然ガス等に豊富に含まれるメタンや低級アルカン等も化学産業の原料として効率的に活用するためには、新しい発想を用いた、極めて高度な技術の創出が重要です。
 本研究領域では、メタンや低級アルカン等を、化成品原料やエネルギーへ効率的に変換するための革新的な触媒の創製に取り組みます。
 具体的には、メタンや低級アルカンを効率的に変換できる反応に関して、高度な触媒の設計と創製につながる研究を推進します。触媒の種類は、均一系、不均一系、微生物等、広い範囲のものを対象とし、金属、酸化物、金属錯体及び有機金属錯体、分子、タンパク質等が、ナノ粒子、ナノワイヤ、ナノシート、多孔性物質、籠型、コアシェル型等、多岐にわたる構造を形成する、物質・材料の研究を推進します。さらに、光、プラズマ、電場などの反応場を用いた研究も対象とします。
 近年進化している計算科学や計測技術分野などと連携して、触媒科学のナノテクノロジー・材料研究において新たな方法論を切り拓き、新しいサイエンスの源流になり得るとともに、将来的に、化学産業を変える可能性を持つ、挑戦的・独創的な研究を推進します。

2.事後評価の概要

2-1.評価の目的、方法、評価項目及び基準

「戦略的創造研究推進事業(社会技術研究開発及び先端的低炭素化開発を除く。)の実施に関する規則」における「第4章 事業の評価」の規定内容に沿って実施した。

2-2.評価対象研究代表者及び研究課題

2017年度採択研究課題(コロナ延長課題)

(1)倉橋 拓也(長崎県立大学 看護栄養学部 教授)
超微細気泡を反応場とするメタン光酸化触媒の開発

(2)小板谷 貴典(自然科学研究機構 分子科学研究所 助教)
オペランド観測に基づくメタン転換触媒および反応場の設計

(3)鷹谷 絢(東京工業大学 理学院 准教授)
金属—金属結合の触媒機能開拓を基盤とするメタンの精密有機合成化学

(4)野内 亮(大阪府立大学 大学院工学研究科 准教授)
電界効果表面化学によるナノシート触媒能の精密制御

(5)橋本 綾子(物質・材料研究機構 先端材料解析研究拠点 主任研究員)
触媒設計に向けた In-situ TEM 観察による活性点の微視的解明

(6)人見 穣(同志社大学 理工学部 教授)
π空間を有する金属オキソ種によるメタン酸化

(7)松本 崇弘(九州大学 大学院工学研究院 准教授)
光で駆動するメタン酸化電池の開発

(8)本倉 健(東京工業大学 物質理工学院 准教授)
アルカンの協奏的活性化を指向した活性点集積型触媒の開発

(9)山田 泰之(名古屋大学 物質科学国際研究センター 准教授)
新奇な超分子型遷移金属オキソ種を酸化活性種とするメタン直接変換触媒の創製

2-3.事後評価会の実施時期

2021年9月 各研究者からの研究報告書に基づき研究総括による事後評価(コロナ延長課題)

2-4.評価者

研究総括
北川 宏 京都大学 大学院理学研究科 教授

3.総括総評

 本研究領域は、メタンや低級アルカンを、直接、有用な基礎化学品や化成品に変換できる「革新的触媒の創成」、最先端計測技術や計算科学を駆使した触媒反応・プロセスの基礎的理解による「革新的な触媒科学の確立」を達成目標として掲げ研究を推進してきた。採択にあたっては、真に革新的な新しい切り口で挑む研究であること、提案者自身が温めてきた新たな仮説・アイディアであること、エビデンスよりも具体的な研究戦略・研究コンセプト・研究計画の独創性・論理性を重視した。
 最終選考となる2017年度は、選考の基本方針に加えて、計測技術・計算科学を基盤とした提案に重点を置いた。2020年度に終了する三期採択研究者11名(うち海外在住研究者1名、女性研究者1名)の研究分野は、準大気圧XPSや準大気圧TEMなど実反応環境のモデリングが可能な計測手法の開発や第一原理計算・インフォマティクスを基盤とした研究課題を始め、固体触媒、有機-無機ハイブリッド触媒、酵素インスパイアド錯体触媒などの多岐にわたる触媒系、さらに、FETによる反応制御、微細気泡を用いる反応、メタン酸化電池など革新的な反応プロセスにも取り組み、その結果、それぞれ新規的かつ独創的な研究成果を挙げた。
 研究者らは、メタン・低級アルカンの直接変換、オペランド測定・評価などの難題に挑戦・苦戦しながらも研究を進める中、領域会議、サイトビジットでのアドバイザーとの議論や海外を含めた研究連携を積極的、かつ着実に進めた結果、42件の国際論文発表、34件の国際招待講演を行った。また、科学技術分野の文部科学大臣表彰若手科学者賞を2名が受賞した。さらに、11人のうち4人がさきがけ期間中に昇進していることからも、さきがけ研究を通じてそれぞれの研究分野において認知されただけでなく、研究室を主宰するPIとして成長している。
 なお、3期生の9名は、新型コロナウイルスの影響を受けて3〜6ヶ月間の研究期間延長を行い、いずれの研究者においても今後の展開を後押しする成果を出した。
 それぞれの課題の成果はすぐに実用化できるものではないかも知れないが、省エネルギー、低二酸化炭素排出プロセスでのメタン・低級アルカンの活性化がより現実に近づいたことは、我が国の化学産業に新たな一石を投じるものと確信している。

※所属・役職は研究終了時点のものです。