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- 北川統合細孔プロジェクト
研究総括 北川 進
(京都大学 物質-細胞統合システム拠点 拠点長)
研究期間:2007年~2012年
相手側研究総括 Omar M. Yaghi(オマール ヤギー)
(カリフォルニア大学ロサンゼルス校 化学・生化学科 教授)
多孔性材料はさまざまな場所や目的に用いられる非常に重要な機能性物質群であり、これまでゼオライトなどの無機固体や紀元前からの歴史がある活性炭のような炭素材料を中心に研究が行われてきました。近年 “多孔性”配位高分子(PCPもしくはMOFと呼ばれる)という新しい材料が現れ急激な発展を遂げています (図1)。本領域総括は1997年に初めて、室温において内部のゲスト分子を取り除いても安定な”多孔性”配位高分子(PCP)を合成し、その化合物がメタンを吸蔵、脱着できることを実証しました。この研究を契機に、世界中でPCPの研究が指数関数的に増加し、多様な物質が合成され、またその機能が追及されてきました。
本研究では、PCPの優れた機能性をさらに高めながら、PCPを特徴づける構造、機能の普遍的属性を体系的に確立し、さまざまな場において優れた機能を発揮できる物質開発を行うとともに、その新物質によってこれまで想像もされなかった機能発現の場(領域)を開拓することをめざしました。すなわち、分離あるいは吸着といった単独の機能を追及した物質を合成する段階(フェーズ(I))から、その機能発現の場や環境を強く視野に入れた、新物質、新機能の開発を行う段階(フェーズ(II))へ展開することであり、これは本研究で提案する細孔物質および細孔機能の統合という新概念のもと化学、物理、生命科学における0.1nm(1Å)から100nmという広範な空間領域に着目することによってはじめて実現できるものと考え推進した。そこで、細孔物質および細孔機能の両統合という新概念のもとさまざまな場において優れた機能を発揮できる物質開発をおこないました。本PCP材料は、環境、エネルギー、資源、生命に関わる気体を自在に操作するサイエンス、テクノロジーへの貢献が大いに期待されています(図2)。
以下、細孔物質と細孔機能の統合は次に示す3つのアプローチによって進めました。
(1) 多能性細孔(Pluripotent Pores): PCPの細孔空間で実現できる細孔機能を、可能な限り取り込み優れた機能を実現できる、いわば究極のホモジニアス(均一系)機能性細孔を作り上げます。このことは、文字通り生物における環境に応答し適合する (adaptive) 概念を物質化学へと導入する新しい試みです。
(2) 融合細孔(Multifarious Pores): PCPの細孔機能を有するナノサイズ結晶をコア/シェル化や多層化することで不均一的に統合を行い、さらには環境調和型表面組織体によって結晶表面を修飾することにより、様々な環境下で細孔機能が協同的に発現する”単一粒子素子”の開発を目指します。
(3) 応用細孔(Hybrid Pores):細孔物質の統合をはかり、それぞれの特徴をいかした未知の新細孔物質系を生み出します。
気体分子は我々の身の回りの環境・エネルギー、物質合成、生命現象に至る様々なところに深く関係しており、気体分子を自在に分離、貯蔵、変換するための技術や物質の開発は昔から求められているが、持続可能な社会の実現等、現代の社会的要請から更にその重要性を増している。
多能性細孔グループでは、安定なユニバーサルなプラットフォームとなりうる多孔性配位高分子(PCP)に特に焦点をあて、構造応答性、電子的柔軟性、光応答性、電場応答性、熱応答性などの固体機能を戦略的に多孔性構造に組み込むことを模索し、新しい細孔機能を発現できる細孔物質「多能性細孔物質」の実現を目指し研究を行った。(図)。その結果、PCPの1)細孔表面の活性化、2)外場応答性細孔の実現において大きな成果をあげることができた。1)細孔表面の活性化に関しては、1-1)CPLシリーズへの官能基の導入、1-2)細孔表面への酸化還元活性サイトの導入、1-3)アニオン種による細孔内空間の環境制御、1-4)細孔表面への強酸性基の導入、1-5)新しいオープンメタルサイトの開発に成功した。特に酸化還元活性なPCPではNOとO2の選択的な吸着という画期的な吸着機能を発現されることができた。
また、2)外場応答性細孔の実現に関しては、2-1)ゲスト応答性細孔:水素結合でゲートを開閉するPCP、2-2)光応答性細孔:オンデマンド型ガス吸着可能なPCP、2-3)熱応答性細孔:構造均一性が温度に依存して変化するPCP、2-4)電場応答性細孔:電気双極子ローターを組み込んだPCP、2-5)共同的構造変化細孔:自己加速型高選択的CO吸着等の成果を挙げた。特に自己加速型のCO吸着現象は、他の多孔性材料にはない革新的な原理に基づいている。これらの発見には、X線回折や様々な物性測定と吸着測定を同時に行う事を可能にする計測システムの開発に成功したことも大きく貢献した。今後の展開としては、新しく発見した気体分離の原理を生かし、さまざまな気体分離や高温での気体分離が可能な新しい気体分離材料を開発し、気体分離の科学を発展させるとともに、イノベーションを創出することが期待される。
代表的論文:
多孔性配位高分子(PCP)は、バルク結晶としての機能すなわち数億、数兆個の結晶を集めて産業界へ応用するのみならず、非常に小さいナノ・マイクロメートル領域においても材料として大きな可能性を有する。本グループは、微小領域でのPCPの応用を目指し、様々な他の材料と「融合」させ、PCPの機能に加えて他の材料の機能を統合することを目的として研究を行った。
第一に金属イオンと有機配位子の自己集合化過程の解明と制御を行うことで、微小環境で応用可能な非常に小さなPCPナノ結晶の合理的合成法(配位モジュレーション法)の開発をした。またナノ結晶の合理的合成法にとどまらず、ナノサイズ・メゾサイズ領域でのみ発現する新しいPCP機能である形状記憶能の発見することができた。さらにはナノ結晶をビルディングブロックとして高次構造を構築する合成手法(配位レプリケーション)の開発にも世界に先駆けて成功し、PCPメゾ・マクロ構造制御に関する研究を先導する成果をあげた。このサイズ制御されたPCP結晶を利用し、水晶振動子センサーデバイスとの融合を行うことで、数g以下という極少のサンプル量で吸着量、吸着速度を測定・解析可能なシステムの開発に成功した。
さらにPCPの微小環境への応用・分野横断型研究の最たるものとして、生体ガス分子を光で取り出す可能なPCPの合成を行い、工学的手法で細胞培養基板中へ融合し、PCPが放出した生体ガス分子が細胞中で生物学的反応を引き起こすことを確認した。
本グループで行ってきた研究により、PCPの応用展開はバルク材料としてのみならず、微小環境へも適応可能であることを示してきた。世界の動向もこの流れに追随しており、今後ますます新しい応用展開が増加していくものと期待される。
代表的論文:
特にCO2分離材料、および燃料電池向け固体電解質の開発を行った。まずCO2分離材料の開発では、既存のCO2分離材料で困難である「高いCO2分離能」と「吸着後のCO2の低エネルギー回収能」の両立を実現するPCP設計を行った。その中で特に二次元レイヤー型の相互嵌合型PCPがこの目的に適していることを見出した。CO2分離の際、PCP骨格とCO2の相互作用は非常に小さいため、分離、吸着したCO2は1気圧のガスフローのみの作業によってほぼ定量的に回収できることが示された。これまで様々なCO2を含む混合ガス中のCO2分圧に対応できるレイヤー型PCP構造を異なる配位子を任意の割合で結晶中に固溶化することで実現するPCP固溶体や、結晶子をnmサイズにすることによってガス吸着速度を格段に大きくする手法などが含まれている。現在幅広く利用されている圧力スウィング法によるガス分離を念頭においた材料の繰り返し耐久性や耐水性なども良い特性を得ており、CO2分離応用に向けた基礎検討は幅広く実現できた。
一方、燃料電池向け固体電解質においては、特に既存の有機ポリマー電解質では実現が困難である湿度ゼロ、100℃以上の環境において高いプロトン伝導度を有する材料開発に焦点を絞って行った。イミダゾールやヒスタミンなどのアゾール含有有機分子とPCPの複合が無加湿プロトン伝導に適していることを見出した。PCPとヒスタミンの複合体においては無加湿、150度で10-3 S/cmの無加湿プロトン伝導度を得た。また、Zn2+、リン酸、イミダゾールからなるPCPはイミダゾールが結晶構造中に明確に配置されており、高い無加湿プロトン伝導を示す。この粉末結晶を用いた燃料電池開回路電圧では数時間にわたって安定した理論値に近い電圧を確認した。これらより結晶構造のさらなる改良によって既存材料で難しい100~200℃の温度領域における無加湿燃料電池の普及に貢献できることがわかった。今後の展開として、ガス分離においてはCO2にかぎらず、より困難である他のC1,C2ガスの分離に向けたPCP構造の設計を行っていき、またイオン伝導体においては耐水性など他のパラメータの向上を進め、既存材料との優位点の理解、および既存材料では不可能な応用分野への展開を行っていく。
代表的論文: