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研究総括 香取 秀俊
(東京大学 大学院工学研究科 教授)
研究期間:2010年10月~2016年3月
特別重点期間:2016年4月~2017年3月
グラント番号:JPMJER1002
天体観測から始まった「時間」を正確に計る技術の探求の結果、人類は、数千万年で誤差1秒のセシウム原子時計を完成させました。この高精度な時計は、今や地球規模での高速通信や、GNSSによる測位計測に利用され、グローバル化した現代社会を支える基幹技術となっています。
本研究領域では研究総括の独創的なアイデアであり、セシウム原子時計をはるかに凌駕する精度をもつ、「光格子時計」の実現を目指します。この新しい原子時計では、レーザーの干渉縞によってできる微小空間-光格子-に閉じ込められた、およそ100万個の原子が吸収・放出する光の振動数から1秒を決めます。
この光格子時計は、理論的には、18桁の精度での時間測定を可能にします。この精度は、宇宙の年齢(138億年)を経ても誤差が1秒以下に相当します。このような超高精度な時間計測では、日常的なスケールでの時計比較にも、相対論的な「時空」の歪みが顕著に現れ、次世代の新たなセンシング技術-相対論的測地-につながる可能性があります。光格子時計をツールとする、新たな精密計測・量子計測の潮流をつくるとともに、「原子時計の刻む1秒は不変か?」さらには「物理定数は普遍な定数なのか?」という物理学の根源的な問題にも挑みます。
当初の目標として掲げた18桁の低温動作・光格子時計精度を世界にさきがけて実現し、本プロジェクトのプレゼンスを世界に示すことに成功しました。このほか、Yb原子、Hg原子を始めとする異種光格子時計の比較により、SI秒を超える周波数比較を実現し、17桁の光格子時計マトリックスを世界で初めて完成させました。この成果は、2015年の国際度量衡委員会の勧告周波数の不確かさの改善に大きく貢献しました。理研-東大の光格子時計の遠隔比較による相対論的測地の実証実験では、世界で初めてcmレベルの標高差測定を実現しました。また、Internet of Clocksの概念を提案し、広域時計ネットワークの実現手法に言及するとともに、「実効的魔法周波数」の概念を提案し19桁の精度の光格子時計を射程圏内に入れました。ミニチュア光格子時計を目指す中空コア・光格子時計の実験では、超放射現象を観測し、可搬型光格子時計の励起光源として今後の展開が期待されます。この一方、実用に供する光格子時計を構築すべく、国産の超小型レーザーおよびレーザーユニット開発を行いました。これらの成果は、秒の再定義を加速するとともに、19桁での光格子時計への戦略を明らかにしました。このような超高精度光格子時計は、標準モデルを超える物理現象の探索の新たなプローブとして役立つとともに、mmレベルの相対論的測地は、将来の社会のインフラとして大きなインパクトもつ可能性があります。
光格子時計実験グループ(高本グループリーダ)
10年来の懸案であった18桁の精度の光格子時計を実現し、基礎物理定数の恒常性の検証等、基礎物理学への応用を開拓することを目標とし、ストロンチウム、水銀、イッテルビウム原子を用いた3種類の光格子時計を実現しました。これらの時計精度を実証するため、異種原子時計間の相互周波数比較を行い、水銀-ストロンチウム光格子時計比較においてセシウム原子時計に基づくSI秒の精度を上回り、イッテルビウム-ストロンチウム光格子時計比較においては、世界最高記録の17桁での周波数比計測を実現しました。このような異種原子時計の周波数比計測の高精度化は、光格子時計による「秒」の再定義を推進する議論のプラットフォームとして重要なばかりか、基礎物理学的見地からも、基礎物理定数の恒常性の検証に直結する極めて重要な成果となっています。
物理応用グループ(高野グループリーダ)
中空フォトニック結晶ファイバ中で魔法波長光格子によって捕捉されたストロンチウム原子の高精密分光を実現しました。さらに、ファイバ中の原子集団からの超放射の観測にも成功し、光格子時計の可搬化に向けて重要な成果が得られました。また、東大で低温動作型ストロンチウム光格子時計を立ち上げ、理研との18桁精度での遠隔時計比較を実施し、重力ポテンシャルの実時間計測の実証実験を行いました。今後、地下資源探索や地殻変動の観測など重力ポテンシャルのプローブとしての応用が期待されます。
先端レーザーグループ(大前グループリーダ)
光格子時計の高安定化において鍵となる超高安定レーザー光源の開発を行い、10-16台の超高安定度のレーザー光源を実現しました。異種原子時計比較のため、産総研から導入したErファイバ・光周波数コムをいち早く立ち上げ、各種原子の遷移周波数に対応する光周波数計測系を開発し、メンテナンスフリーで常時運用可能な体制を整えました。その後、全偏波保持Erファイバコムを開発し、1秒で10-17台の安定度を実現しました。さらに、水銀、カドミウム時計の構築に必要となる深紫外レーザー光源の開発を行い、長期安定動作を実現しました。カドミウム原子を用いた光格子時計では、スピン禁制遷移での原子の冷却、光格子トラップ、時計遷移分光を実現し、時計動作まであと一歩のところまで実現され、今後、新たな光格子時計の候補としてその進展が期待されます。
グループ間、委託研究機関との密接な連携
上記のような成果を実現するにあたっては、グループ間、および委託研究機関との密接な連携が不可欠でした。具体的な共同研究の内容は以下の通りです。
●光格子時計実験グループの3種類の原子種を用いた光格子時計開発で使用するために、先端レーザーグループで開発された超高安定化レーザー光源を導入しました。また、異種原子時計の相互比較のために委託研究機関の産総研によって開発された光周波数コムを導入しました。また、光周波数計測系は先端レーザーグループが構築しました。
●光格子時計実験グループ、物理応用グループ共同で、遠隔高精度時計比較を行いました。光ファイバリンクのシステムは光格子時計実験グループで開発しました。
●光格子時計実験グループが行う水銀・カドミウム光格子時計の開発において必要となる紫外レーザー光源の開発は、先端レーザーグループと委託研究機関のアリゾナ大学が共同で行いました。
委託研究との連携では、開発されたレーザー光源の導入・評価、得られた知見の共有を行いました。特に産総研が導入したエルビウム添加ファイバ光周波数コムは、前述の水銀-ストロンチウム、イッテルビウム-ストロンチウム異種原子時計比較において中心的役割を果たしました。