- JST トップ
- /
- 戦略的創造研究推進事業
- /
- ERATO
- /
- 研究領域の紹介/
- 終了領域/
- 中村巨視的量子機械プロジェクト
研究総括 中村 泰信
(東京大学 先端科学技術研究センター 教授/理化学研究所 量子コンピュータ研究センター センター長)
研究期間:2016年10月~2022年3月
グラント番号:JPMJER1601
本プロジェクトでは、研究総括がこれまで世界に先駆けて独自の研究を構築してきた超伝導量子ビットとそれを用いた量子回路に関する技術を発展させ、高精度な量子状態制御・観測技術を確立します。さらに、多様な計算に対応可能な量子コンピュータの実現に向けて、誤り耐性を持つ量子情報処理方式を実装するための拡張性の高いプラットフォームを開発します。加えて、今後ますます重要になると予想される、超伝導量子回路と異種の物理系を融合したハイブリッド量子系の構築を通じて、新たな量子情報処理技術の可能性を大きく飛躍させることを目指します。
本プロジェクトを通じて、量子状態制御技術の向上により、複雑かつ柔軟な「量子機械」の実現に挑みます。これは量子コンピュータ構築へのマイルストーンとなり、同時に新たな科学の基盤技術の創出につながると期待されます。量子誤り耐性符号の実現により、量子情報科学と物性物理など他の研究分野との境界領域における新たな発展が、量子インターフェイス技術の実現により、分散型量子情報処理や量子中継など量子通信応用への展開が期待されます。
・超伝導量子回路グループ
・ハイブリッド量子系グループ
20世紀初頭に誕生した量子力学は、素粒子や原子などミクロの世界から、宇宙規模のマクロな世界まで自然界のいたるところで成功を収めてきました。またトランジスタやレーザーなど現代社会に欠かせない数多くの技術の発展を支えてきました。さらに21世紀に入るころから量子情報の考え方に刺激され、新たな科学技術の潮流を形成しています。本プロジェクトでは、そのような背景の下、「巨視的量子機械」というキーワードを掲げ、量子情報応用に向けた機能を持つ「機械」の実現に向けた研究に取り組みました。具体的には、超伝導量子ビットに代表される、物質中の集団励起自由度を用いた「巨視的な」量子系を対象とし、量子制御や観測に関わる技術の研究を行いました。それらを統合し、量子コンピューター実現に向け多数の超伝導量子ビットを集積化した回路を実現しました。また超伝導量子ビットをツールとして用い、その対象を超伝導回路上のマイクロ波光子に広げたマイクロ波量子光学、ナノメカニカル素子中のフォノン・強磁性体中のマグノンなど他の物理系の素励起へと展開したハイブリッド量子系などの研究領域を開拓しました。
超伝導量子ビットを稠密に2次元平面格子へ集積化するにあたり、拡張性の高い形で集積化ができる回路方式を検討し、必要な技術を明らかにしました。特に、配線の難しさを克服する方式を提案し知財化しました。この実装方式では、格子ビット数に対する配線密度が量子ビット数によらず一定となり、また配線の交差も必要としないため、同一の設計をタイル状に配置することを可能にする画期的な方式です(図1)。
概念の単純さとは対照的に、信号整合性(シグナルインテグリティ)の確保を最も重要視した、極めて難度の高い実装を実現しました(図2)。制御・観測信号をシリコン基板裏面から垂直に導波する必要が生じるため、量子ビット基板に基板貫通電極を実装しています。
下部電極に形成される高周波同軸線構造とシリコン基板界面部の電気的接触を確実とするために、同軸中心線先端にばねピン接触を実装しました。その他にも量子ビット基板の電極パターンを反映した上部電極構造、量子ビットの制御導波部分に採用するフィルタ構造、量子ビット形状最適化による寄生電磁輻射モードからの遮蔽構造など(図3)、新規に開発した技術を特許出願しました。これまでに、垂直配線様式とタイル状拡張を用いて4量子ビット回路(基本格子)、16量子ビット回路(2×2基本格子)、そして64量子ビット回路(4×4基本格子)を実現しました(図4)。今後、本配線方式を用いてさらに多くの量子ビットを集積した量子プロセッサへの展開が期待されます。
特許出願
超伝導複合量子計算回路, 中村泰信, 田渕豊, 玉手修平, 特開2020-061447
図1:量子ビット集積化方式。(a)フリップチップボンディングによる従来の方式。(b)基板貫通電極と垂直同軸線実装による3次元実装方式。
図2:超伝導複合量子計算回路実装方式。量子ビットや読み出し共振器を載せたシリコン基板が上下電極で外界から遮蔽された構造をとり、制御・観測信号は下部から導波される。
図3:2次元稠密な量子ビット集積化を実現する3次元実装配線構造。
図4:64量子ビット基板。並進対称性を有した拡張方式に基づき64量子ビットまで集積化を進めた。
シリコン基板上に集積化された量子ビット回路を拡張し、さらに高機能化するためには、マイクロ波光子によるモジュール間接続も重要です。本研究では、導波路を伝搬するマイクロ波光子と超伝導量子ビットとの相互作用を詳細に調べ、量子ビットを用いた、マイクロ波単一光子量子非破壊測定が可能な検出器を実現しました(図5)。単一伝搬光子が検出された場合にのみ注目し、その伝搬光子波束のトモグラフィにより、87%の忠実度を得ました(図6)。今後、本方式を用いた量子ビット回路間の通信や情報処理への応用が期待されます。
主要論文
Quantum non-demolition detection of an itinerant microwave photon, S. Kono, K. Koshino, Y. Tabuchi, A. Noguchi, and Y. Nakamura, Nature Phys. 14, 546 (2018)
図5:量子ビットと伝搬マイクロ波光子の相互作用。(左)量子ビット状態に依存した光子状態の位相反転。(右)光子数に依存した量子ビット状態の位相反転。
図6:単一光子状態を検出したときに反射された伝搬マイクロ波状態のトモグラフィ結果。高い忠実度で1光子状態に射影されている。
超伝導量子ビットの読み出しを高速かつ高忠実度で行うことは、特に量子コンピューター上での誤り訂正技術の実現に際して重要な要素となります。量子ビットの読み出しは通常、量子ビットと結合したマイクロ波共振器を通して行われます。高速に量子ビットを読み出すためには、量子ビットと共振器の結合を大きくする必要がありますが、そうすると共振器を介した量子ビットの緩和が速くなってしまうという課題があります。このトレードオフを解消するために、読み出し用共振器とは別に、パーセルフィルタと呼ばれるフィルタ共振器が一般に用いられています。しかしその場合には、量子ビット制御信号もフィルタされてしまうため、別途、量子ビット制御配線を設ける必要が生じます。本研究では、1つの分布定数型共振器のマイクロ波応答の周波数依存性を利用することで(図7)、読み出し用共振器自身にフィルタ機能を持たせ、量子ビットの高速量子非破壊読み出しとリセットを実現し、読み出し時間40 nsで読み出し忠実度99.1%を達成しました。今後、この技術を量子コンピューター回路の中へ組み込んで、性能向上に寄与することが期待されます。
主要論文
Fast readout and reset of a superconducting qubit coupled to a resonator with an intrinsic Purcell filter, Y. Sunada, S. Kono, J. Ilves, S. Tamate, T. Sugiyama, Y. Tabuchi, and Y. Nakamura, Phys. Rev. Applied 17, 044016 (2022)
図7:内在型パーセルフィルタ共振器を用いた量子ビットの電磁場環境の制御。分布定数型マイクロ波フィルタ共振器と外部入出力ポートの結合の周波数依存性を利用することにより、量子ビットの緩和を抑制しつつ、共振器を介した量子ビット制御・読み出し・リセットの高速化を実現した。
水晶基板上に形成された表面弾性波共振器中のフォノンをピエゾ効果を介して超伝導非線形共振回路と結合したハイブリッド量子系の上で、超伝導回路の非線形性を制御することにより、フォノンとマイクロ波光子の相互作用を増強する新しい手法を提案・実証しました(図8)。その結果、表面弾性波共振器上の変位に対する測定感度を量子限界にまで高めるために必要な平均マイクロ波光子数を初めて1以下にすることに成功しました。この研究成果は、超伝導量子回路を利用したフォノンの量子観測・制御技術が今後大きく展開していくための足掛かりとなると期待されます。
主要論文
Single-photon quantum regime of artificial radiation pressure on a surface acoustic wave resonator, A. Noguchi, R. Yamazaki, Y. Tabuchi, and Y. Nakamura, Nature Commun. 11, 1183 (2020)
図8:表面弾性波フォノンとマイクロ波光子の結合。(a)-(c)水晶基板上の表面弾性波共振器(赤)と超伝導非線形共振回路(緑)の結合系。(d)異なる周波数をもつ様々な機械的振動子の共鳴周波数と、フォノンの量子限界測定を実現するために必要なマイクロ波(光)共振器中の光子数の関係。星印が本研究で得られた結果を示す。赤丸はマイクロ波領域、緑丸は光領域の先行研究による。
核磁気共鳴(NMR)におけるラジオ波帯の電気信号を、機械振動子を用いたハイブリッド量子技術を利用して光信号に変換することで、光学的なNMR 検出を世界で初めて実現しました(図9)。今後、この電気-機械-光学NMR 検出法に、低雑音の光計測技術や、核スピンや薄膜機械振動子のレーザー冷却による熱雑音抑制技術を導入することで、NMR やMRIを高感度化することが可能になると期待されます。
主要論文
Electro-mechano-optical NMR detection, A. Noguchi, K. Takeda, K. Nagasaka, A. Noguchi, R. Yamazaki, Y. Nakamura, E. Iwase, J. M. Taylor, and K. Usami, Optica 5, 152 (2018)
図9:(a)電気-機械-光学的核磁気共鳴測定系の概念図。(b)窒化シリコン薄膜を使ったキャパシタンスの概念図。(c)窒化シリコン薄膜を使ったキャパシタンスの写真。
電磁波の量子が光子であるように、マグノンは強磁性体中のスピンの集団歳差運動としてのスピン波の量子です。強磁性絶縁体であるイットリウム鉄ガーネット球状単結晶試料中に励起した単一マグノンに対する単一試行での高効率読み出しを、マイクロ波共振器を介したマグノンと超伝導量子ビットとの結合を通して実現しました(図10)。光子に対する単一光子検出器に相当する、単一マグノン検出器を実現したものであり、スピン励起の自由度を情報処理やセンシングなどに応用するマグノニクスやスピントロニクスといった研究分野の量子極限を切り拓く成果です。今後、スピンの量子揺らぎやその相関といった、これまで捉えられなかった物理量にもアクセスできるようになると期待されます。
主要論文
Entanglement-based single-shot detection of a single magnon with a superconducting qubit, D. Lachance-Quirion, S. P. Wolski, Y. Tabuchi, S. Kono, K. Usami, and Y. Nakamura, Science 367, 425 (2020)
図10: 超伝導量子ビットを用いたマグノンの単一事象検出実験の模式図と結果。