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- 山元アトムハイブリッドプロジェクト
研究総括 山元 公寿
(東京工業大学 科学技術創成研究院 教授)
研究期間:2015年10月~2024年3月
※追加支援期間(機関継承型)の枠組みにより当初研究期間を(3年)延長し、2024年3月まで実施。
グラント番号:JPMJER1503
ナノ粒子は、ナノテク分野の中でも最も重要な素材の一つとして工業的にも幅広く利用されており、現在でも世界的に激しい研究開発競争が繰り広げられています。しかし、より小さいサブナノサイズの粒子の性質は殆ど解明されておらず、その合成方法すら確立に至っていませんでした。特に、元素周期表の中に存在する90種類以上の金属元素を、自由度高く異種金属原子の原子数を決めて集積・配合することは困難でした。 本プロジェクトでは、独自のアトムハイブリッド法を活用して未開拓の物質群であるサブナノサイズで原子数の制御されたサブナノ金属粒子、および異なる複数の元素を原子単位で精密に配合したサブナノヘテロ金属粒子のライブラリを創成し、拡充を進めています。
こうした成果を基盤として追加支援期間(機関継承型)の研究では、超原子反応、原子動力学、超原子理論の3つの領域から構成される新たな学理「原子化学」の創出をミッションとし、本プロジェクトを原子を総合的に扱う科学技術「アトムサイエンス」の拠点と位置づけ、国内外の研究機関や企業と連携しながら、継続的かつ発展的な研究展開をめざします。
・サブナノ物性グル-プ
・サブナノ観測グル-プ
・サブナノ反応グル-プ
・社会実装グル-プ
金属や合金、無機材料をナノスケール(10-9メートル)より小さなサブナノスケールまで微小化すると物質の構造、状態や特性が大きく変化します。サブナノスケールの領域は従来の材料科学のアプローチや概念が全く通用しないフロンティアであり、新しい物質科学のパラダイムが渇望されていました。本研究プロジェクトは有機・無機化学、計測化学、理論化学といった幅広い研究フィールドの研究者の力を結集し、サブナノスケールを舞台とした新しい材料科学の創出を狙ったものです。具体的には新しい精密無機合成法と構造解析・物性計測の手法の開発を両輪で押し進めながら、サブナノスケールの物質の新機能開拓と新理論の構築まで幅広く展開して、「アトムハイブリッド」という新しい概念の構築を目指しました。成果として350種類を超える金属・合金サブナノ粒子のライブラリーを整備して、種々の革新的機能を持つ物質の発見に至っています。さらには「サブナノ粒子の超周期表」や「原子ダイナミクス」といった、当初予期しなかったサブナノ領域固有の理論や学理が誕生しました。
■アトムハイブリッド法:サブナノ粒子の精密合成の確立
金属・合金サブナノ粒子はその構成原子数が数個から数十個程度である一方、その構成原子数や組成比がわずかに異なるだけで各々の粒子が全く異なる物性を発現します。したがって粒子の組成を原子精度で制御しながら合成することが必要不可欠です。本研究プロジェクトは、金属原子(イオン)を含む塩や錯体を構成原子数と元素組成比を決めながらデンドリマーと呼ばれる高分子に精密集積する独自の技術を拡張し、これを鋳型としたサブナノ粒子合成いわゆる「アトムハイブリット法」を開発しました。元素周期表の中で実用元素である70種類のうち68元素の集積を可能として、拡張性の広い手法となっています。
デンドリマーへの精密金属集積, (a) 9段階放射状錯形成, (b)異種金属集積デンドリマー,
(c)集積金属パタ-ンの組成比
さらに金属集積錯体を鋳型として用いることで350種類を超える金属・合金・酸化物サブナノ粒子の合成に成功し、各種物性を含むサブナノ粒子のライブラリーにまとめました。特に、このアトムハイブリッド法を用いることで総原子数わずか13原子の、精密5元合金サブナノ粒子を創り出すことにも成功しました。
デンドリマーを利用した5元素異種金属精密サブナノ粒子の合成
■サブナノ粒子の新計測法の開発と動的構造の解明
本プロジェクト以前から研究されてきた金属クラスターの多くは配位子で強固に保護され、広義に捉えれば多核金属錯体や分子としてX線構造解析によってその原子配列が決定されてきました。ところが、シリカやカーボンなどの固体担体の表面に吸着した金属サブナノ粒子はその担持密度が低く、かつ構造が動的に変化するため放射光を利用してもその回折線を捉えることはできません。
我々は低加速電圧・低電流プローブを用いた原子分解能電子顕微鏡を用いて新しい観察方法を開発し、サブナノ粒子の動的な構造を定常状態かつリアルタイムで動画として捉えることに初めて成功しました。原子の動きを観測した動画により、これまでよく知られた結晶構造をもつナノ粒子とは明らかに異なる物質の状態、いわゆる原子の流動を伴った原子ダイナミクスが捉えられました。
さらに、これまで困難とされた1原子の元素識別に挑戦し、原子分解能観察にエネルギー分散型分光法を組み合わせたマッピング分析(STEM-EDS)と暗視野走査透過型電子顕微鏡観察(ADF-STEM)の原理を活用して、動く原子一つ一つの元素種の特定を世界で初めて達成しました。この新手法を駆使して、その実体を捉えることができなかった微小金属クラスター、サブナノ粒子、超原子、金属集積錯体等の内部原子配列の可視化および物質同定への道を切り拓きました。
金属サブナノ粒子の原子動態と構造:(A) 白金4原子サブナノ粒子の原子動態,(B) Moオキシカーバイドサブナノ粒子およびMoカーバードナノ粒子の原子動態,(C) Pt19サブナノ粒子,(D) Ga13超原子,(E, F) 原子動態観察の中から見つかった異核二原子・三原子クラスター
※画像をクリックすると別な画面に画像が移動しますので、見やすい大きさに適宜拡大お願いします
サブナノ粒子の実体を明らかにするには原子配列構造解析に加えて、サブナノ粒子の反応や内部の結合の性質等を調べるための振動分光法が必要となります。しかしサブナノ粒子の原子動態や低い担持密度が、一般的な振動分光での振動分光に由来する信号の検出を困難にしていました。本プロジェクトでは、従来のラマン分光法と比べ感度を134倍以上に増幅させた超高感度ラマン分光法(SHINERS法)を新たに開発し、サブナノ粒子の振動分光計測に初めて成功しました。サブナノ領域の有効な分光計測ツールとして注目されています。
■多元素合金サブナノ粒子の合成と超相溶性の解明
デンドリマーを鋳型としてGa, In, Au, Bi, Snという遷移金属、典型金属が含まれた5元素合金を合成すると、一つの粒子のなかにこの5元素が相分離することなく均一に混合されたサブナノ粒子が得られます。一方、バルクやひとサイズ大きいナノ粒子は、一部の元素が相分離して偏析がよく見受けられます。異種の金属を混ぜるという単純な操作であっても、サブナノ領域は物質の最小単位である原子・分子のスケールに限りなく近いため、バルクやナノスケールとは全く異なる状態を与えます。アトムハイブリッド法ではこうした特異な元素の相溶性によって引き起こされる原子軌道の混成により、全く新しい元素の物性の創出が期待されます。
アトムハイブリッド法による5種金属配合サブナノ粒子の合成
さらにサブナノスケールでの特異的な元素の混合は、合金に限定されず金属と金属酸化物という全くカテゴリーの異なる物質同士であっても起こることを発見しました。例えば、金属であるPtと酸化物であるZrO2という異質な材料同士であってもサブナノスケールでは正則溶液に近いレベルで均一混合します。このいわゆる「サブナノ超相溶効果」は多くの元素組成に普遍的であり、バルク、ナノスケールでは見られない触媒作用の相乗効果につながることを原子レベル構造から解明しましました。「サブナノ超相溶効果」は無機化合物の安定組成にも影響します。例えばMo酸化物・炭化物のクラスター構造を系統的にADF-STEMやXAFSで解析すると、直径1.3 nm以上のMo粒子は’-Mo2Cのようなカーバイド組成あるいは純粋なオキサイドを形成する一方で、それ以下のサイズの粒子ではオキシカーバイドを形成することを突き止めました。すなわちサブナノ領域ではバルクでは発現しない化合物組成が現れることを意味しています。
サブナノ超相溶効果:粒子径が一定サイズ以下になると元素同士が自由に混合する領域が現れる (A) Pt-MoO2のSTEM像と原子座標および元素種の解析像,(B) サブナノ領域では正則溶液に近い混合状態,(C) ナノ粒子に比べて飛躍的に高い元素間相乗効果が発現
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■サブナノ粒子触媒の機能開拓
金属・合金サブナノ粒子はナノ粒子と比べても比表面積(質量あたりの表面積)が著しく大きく、物質を構成する大半の原子が表面に露出しているという際立った性質を有しています。例えば白金19原子からなるサブナノ粒子Pt19は卓越した酸素還元反応(ORR)触媒活性を有しており、市販されている白金ナノ粒子担持カーボン触媒と比較しても白金質量あたりの活性が20倍にもなります。Pt19は酸化触媒としても優れた活性を発揮し、有害な溶媒や爆発性の酸化剤を使用することなく無溶媒かつ酸素のみを酸化剤としてトルエンを安息香酸に酸化できます。ここでもPt19は市販Pt/C触媒で得られる触媒活性の実に1700倍に相当する触媒ターンオーバー頻度を示しました。他にも、ジルコニアに担持した酸化銅CunOx (n = 12, 28, 60) サブナノ粒子ではサイズの縮小とともにCu-O結合のイオン性が増大し、酸化力の増加をもたらす。これにより最も小さな12原子のサブナノ粒子によって、芳香環と結合したCH3基の好気的酸化において最も大きな触媒回転数(TON = 40206)を達成しました。
多元素合金サブナノ粒子の中からも優れた触媒が次々と見つかっています。例えば、金、銀、銅からなる貨幣金属(オリンピック)サブナノ粒子は触媒としても卓越した特性を示します。3元合金触媒は銅触媒と比較して低温、低圧で駆動し、大気酸素のみを酸化剤とする非常に温和な条件で働くアルケン酸化触媒となることが明らかとなりました。従来は不可能であった温和な反応条件が達成されたことで、一般的な酸化生成物ではなく、不安定なヒドロペルオキシドを選択的に生成することも判明しました。
■超原子創製と超周期表への展開
超原子理論(2004年 Khannaら)の提唱から15年あまり、理論化学者らはAl13がハロゲン元素の超原子であることを提唱してきました。こうした背景のもと、13属元素13原子粒子の溶液中化学合成に挑戦し、ハロゲン様の性質を持つガリウムの超原子「Ga13」の合成と動態観測にも成功しました。
合成化学からのアプローチに加え、我々はサブナノ粒子に関する重要な成果としてナノ物質の新しい周期表、いわゆる「超周期表」を提案しました。従来の球対称に近似した古典的モデル(ジェリウムモデル)を発展させて、ナノ物質の対称性によって電子軌道を正確に表した「対称適合軌道モデル」を考案しました。これは原子の場合と同様に、ナノ物質の価電子を電子軌道に配置すれば、規則性が発現することに気付ました。
この新たな周期律を、ナノ物質が持つ要素(原子数・電子数・元素種など)ごとにまとめることで、元素周期表に類似したナノ物質の周期表(超周期表)として提案しました。「超周期表」は、従来の元素周期表に現れる「族」「周期」に加え、「類」「種」という新たな軸を持つ多次元の周期表となり、既知の有機物など多くの化学物質にも拡張できるのではないかと考えています。この研究の延長で、球対称の原子よりも高い対称性をもつ超縮退サブナノ粒子(Zn20, Mg20, Cd20)の理論的発見にも至っています。メンデレーエフの周期表がそうであったように、超周期表は未知のナノ物質も予測できることになり、電子配置をもとに所望の物質の設計が可能になります。超周期表の発表は奇しくもメンデレーエフの周期表の誕生150周年になる2019年となったこともあり、専門研究者のみならず一般の方の関心も集まっています。
「族」「周期」「類」「種」の四つの次元を持つ超周期表
■無機ナノシート液晶の創製
原子層の二次元構造体として最も有名なものにグラフェンがあり、高い機械強度や導電特性など、従来物質では発現できない新素材の高分子として注目されてきました。近年では2015年に報告されたボロフェンが、ホウ素によるグラフェンのような単原子層物質として報告され、グラフェンを超える機械強度や高いフレキシビリティから注目されています。しかしながらボロフェンは真空下の合成では大気下で直ちに分解することから実用化は困難とされてきました。
我々は13族元素のサブナノ物質の合成研究から派生して、世界で初めて単原子層のボロフェン類縁体の常温大気下での簡便な液相合成に成功しました。グラフェンとは異なる極めて高い異方的電気特性等のホウ素原子層物質が発現する新機能を多数見出しています。特にホウ素層状結晶を加熱処理すると液晶化し、初めてのサーモトロピック無機液晶として機能することを発見しました。この液晶は−40度から350度までの幅広い範囲で安定であり、温度領域は既存の有機液晶を遥かに超える高い耐熱性を有していることが特徴です。
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