成果概要
誤り耐性型大規模汎用光量子コンピュータの研究開発[6] Ti系超伝導体による高検出効率・高計数率光子数識別器に関する研究開発
2024年度までの進捗状況
1. 概要
誤り耐性型汎用光量子コンピュータの実現には、GKP(Gottesman-Kitaev-Preskill)量子状態の生成が不可欠であり、そのためには非ガウス型の量子操作を可能とする実験系の構築が必要です。この実験系を実現するための構成要素のひとつとして、光子数識別器が挙げられます。光子数識別器は、非ガウス的な状態である光子数状態を射影操作により求めることができる装置であり、3次以上の非線形光学過程を引き出すには不可欠なデバイスです。
本研究開発では、世界最高性能を持つ光子数識別器の実現を目指した研究開発を行います。超伝導現象を用いたエネルギー分散型超高感度フォノンセンサを元に、光子数の情報を高効率かつ高速に量子測定するデバイスの実現を目指しています。研究の前半では、本課題推進者らが培ってきたチタン系超伝導材料と誘電体多層膜による光吸収キャビティを駆使し、高速性と高効率性を両立させた世界最高性能の光子数識別器の実現を目指しています。今まで本プロジェクトで行ってきたイリジウム系の超伝導体と比較して、チタン系の超伝導体は超伝導転移温度が高いため、より高速な信号応答特性が期待できます。また、誘電体多層膜による光キャビティは本課題推進者が世界で初めて実現させた技術であり、通信波長帯の光子の無損失検出には不可欠です。さらに、検出効率など量子光センサとして重要な性能については国家標準トレーサブルな評価体系を確立することを目指します。これにより、国際同等性を担保した確かな性能基準のもと、誤り耐性型汎用光量子コンピュータの実現を加速できます。
2. これまでの主な成果
(a) 高効率高速TESの設計と作成
上記の性能をもつ超伝導転移端センサ(TES)の実現を目指し、まず高検出効率を得るための光キャビティの設計を行いました。設計技術については、従来我々が用いてきた誘電体多層膜による光キャビティ設計技術を踏襲する一方、作成についてはより信頼性の高い光吸収特性を得るために、本研究では理想的な組成比をもつ誘電体多層膜により光キャビティを構築することを目指してきました。成膜方法もイオンビームスパッタ法といった新たな手法を適用しました。そのため、Ta2O5およびSiO2の光学膜の単層膜の作成から開始し、それを多角度分光エリプソメトリにより複素屈折率を導出し、この情報を元に、光キャビティの最適化を行いました。図1(a)には、光キャビティの模式図(左)と波長1550 nmで TESが最大吸収を得るための多層膜構造を示します。TESの背面には、反射ミラーである金(Au)も含め、計16層を積層しています。さらに、TESの前面には、3層の無反射層を配置しています。各誘電体多層膜(緑と茶)は、厚さ200 nmから300 nm程度です。これにより、ほぼ99.7 %の光吸収特性が得られることをシミュレーションにて確認しました。図1(b)には、作成したTESの顕微鏡写真を示します。

(b) 高効率高速TESの評価
開発したTESを用いて、光子数識別の性能評価を行いました。図2 (a)に、平均光子数3 photons/pulse(波長1.5 µm)のコヒーレント光をTESに照射したときの応答信号波形を示します。光子入射に伴い、立ち上がり時定数40 ns程度、立下り時定数50 ns程度で減衰する高速な信号波形の取得に成功しました。この50 nsの時定数は、SSPDにも匹敵する世界最速の時定数です。また、図2 (b)には、波高値から構築した光子数スペクトルを示します。検出した光子数nに応じて、明瞭な状態識別が可能となっていることが分かります。量子状態をパルス光とする場合、単位時間内に処理できるイベント数はこの立下り時間の速さに大きく依存するため、この高速性は生成レートの高いGKP状態の生成に向けて重要な成果です。また、国家標準トレーサブルな評価系で検出効率の評価を行ったところ、素子単体は98 % 以上の効率があることを確認しました。これは、世界最高性能に匹敵する値です。

3. 今後の展開
今回の成果で、非ガウス状態の生成に必要な効率の高い光子数識別器のリソースが実現可能となりました。今後、スクイーズド状態からの光子数引き抜きを通じて、東大グループと協力しながらGKP量子状態の生成等の実験へと進めていきます。また、更なる高効率、高速性を追求した光子数識別デバイスへの実現へと進めていきます。