成果概要

誤り耐性型大規模汎用光量子コンピュータの研究開発[2] 超伝導光子数識別器に関する研究開発

2024年度までの進捗状況

1. 概要

GKP量子ビット(Gottesman, Kitaev, Preskillにより提案された誤り訂正が可能な連続量量子ビット)の生成のためには、高次の非線形光学過程の実現が必要となります。本プロジェクトでは、超伝導光子数識別器を用いた測定誘起型でこれを実現します。具体的には、スクイーズド光とビームスプリッターにより量子もつれを生成し、量子もつれの一部で超伝導光子数識別器を用いて所定の光子数を検出することで、GKP量子ビットを生成します。このGKP量子ビットが生成されるのは、所定の光子数が検出された瞬間なので、これを任意のタイミングで使うためには、量子メモリーも必要となります。本研究開発課題は、このための光子数識別器の開発を行っており、光量子コンピュータのクロック周波数1GHz相当の動作帯域を目指して高速で光子数情報を取得可能な検出器の開発を行っています。
通信波長帯の単一光子計測が可能かつ、多数の光子数を識別可能なダイナミックレンジの広い光センサとして、超伝導転移端センサ(Transition Edge Sensor: TES)があります。TESは、超伝導体の薄膜に電流を流しつつ適切に温度制御することにより、常伝導状態から超伝導状態に移行する途中の領域である超伝導転移端に保持し、この状態で近赤外光子が薄膜に吸収された際に生じる温度上昇を電流変化として読み出すことで、光子入射により吸収されたエネルギーに比例した信号を得るものです。本研究開発課題では、光量子コンピュータに対応したTESの高速動作を実現するために、電流変化をもたらす原因となる温度変化がセンサ全体で瞬時に生じるようにセンサのサイズを極小化したデバイスを製作します。センサのサイズを小さくすると同時に熱容量も小さくなるため、温度上昇も大きくなり、S/N比の向上と信号の高速化と光子数の同定にも寄与します。単一の波長の光子を計数する場合は、光子数に応じた離散的なエネルギーが入力されるために、入射した光子数に応じたピーク数が生じます。今年度の実施内容としては、光子数識別器の高速化のための新たな読み出しスキームの開発を行いました。

2. これまでの主な成果

図1左に、本研究において製作した8μm 角のTESの電子顕微鏡写真を示します。TESはシリコン基板上に形成し、光学部品のサイズに合わせた外形になるように加工し、セルフアラインメントで光ファイバとの位置合わせができるようにします。このようにして製作したTESの光入射による応答は立ち上がり時間16.2 nsを示し、信号帯域として、20 MHz以上が得られることを確認しました。

図1
図1 TES写真とセットアップ概略図

通常TESの読み出しはSQUIDを用いて行われるのですが、2023年度には、センサの読み出し回路を低温で動作させたHEMT(High Electron Mobility Transistor)回路で直接読み出しを行うことで、高速化が達成できることを示しました。一方、TESは通常低インピーダンスの定電圧バイアス回路を用いてバイアスされるため、HEMT読み出し回路を並列に接続して信号読み出しを行うと信号の損失が生じます。そこで、バイアス回路とTESの間にインダクタを挿入して、バイアス回路を分離することを考えました。一方、このインダクタとして、SQUIDの入力コイルが利用できます。SQUIDは低雑音を実現できるため、光子数の分解を行うにも適しています。そこで、このようにSQUID素子を用いて分離した回路を利用して光信号の読み出しを行いました。この結果、当初目標としていた動作帯域50 MHzを上回る68MHzの信号帯域が実現できました。また、ダイナミックレンジも、60光子までとれています。

図2
図2 測定されたレーザーパルスに対する立ち上がりの応答信号

3. 今後の展開

シミュレーション計算においては、立ち上がり時間300 ps、信号帯域1.2GHzが予想されており、素子の微細化をさらに進めます。Focused Ion Beam(FIB)を用いたセンサ形状の加工を進めています。FIBでは、微細な構造を任意に形成することが可能なので、アレイ構造などの複雑な構造をもつ素子製作が可能となり、高速化を期待できます。