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- 黒田カイロモルフォロジープロジェクト
総括責任者 黒田 玲子
(東京大学 大学院総合文化研究科 教授)
研究期間:1999年10月~2004年9月
「カイロモルフォロジー(chiromorphology)」は、chiral(左右非対称性)とmorphology(形態)を融合させた造語で、ミクロからマクロへの形態形成のプロセスをキラリティーという切り口で探るという新しい概念を表現しています。
分子カイロモルフォロジー研究では、従来、不可能だった固体状態でのすべての偏光現象を測定できるUniversal Chiroptical Spectrophotometer(UCS)2機種を開発し、それらも駆使して、固体状態におけるキラルな環境の創生、反応、結晶化制御、キラリティーの識別と転写等、固体状態でのキラリティー研究への道を開くことができました。
生物カイロモルフォロジー研究では、胚発生のごく初期に母親の遺伝子で決まる巻貝L.stagnalisのキラリティー決定機構の解明を目指しました。その結果、らせん卵割過程において遺伝的に決まる右巻胚に特徴的な細胞骨格ダイナミクスがキラリティー決定に重要であり、左巻胚とは鏡像対称にないという、従来の定説を覆す発見をしました。
固体状態での分子構造、反応、分子再配列等におけるキラリティー創成・認識機構解明のためには、固体のキラリティー測定が必須であるが、従来のCD(円二色性)計では、固体試料の巨視的異方性に妨げられて不可能であった。この問題を解決し、液体、結晶、更に、膜、ゲルなどの、すべての偏光現象を測定できる分光計を開発した。2号機と併せ、この成果に対して、第4回(平成16年度)山崎貞一賞が贈呈された。
UCS1号機を含め、従来の分光光度計では、水平光を垂直に配置された試料に照射する方式を用いており、ゲル状試料等の長時間測定、相転移なども含めた実時間測定等を行うことは全く不可能である。そこで、光路を90°曲げて鉛直光とし、水平配置した試料に照射する光学系を有するUCS2号機を開発した。積分球も内蔵させ、粉体試料の拡散反射測定も可能とした。
2種類以上の固体の粉砕混合により、溶液からの結晶とも、溶融による結晶とも異なる、新しい構造を有する結晶が得られた。例えば、ビナフトールとベンゾキノンは、他の化合物をゲストとして取り込み、ゲスト化合物によって異なる色調の電荷移動錯体結晶を生成するが、ビナフトールがキラルか、ラセミ体かによって生成の有無が生じるなど、固体では溶液とは異なるキラリティー認識が存在することを明かにした。
アキラルなポルフィリン錯体がキラルなアミン存在下で固体中でゆっくり再配列し、キラルな分子凝集体を形成すること、キラルなルテニウム錯体の右手型鏡像体(Δ体)の結晶と左手型鏡像体(Λ体)の結晶を粉砕混合し加熱すると、固体状態を保ったままでラセミ化合物結晶を生成することなどを見出し、固体中で金属錯体分子がキラリティーを認識して再配列することを明らかにした。
巻貝L.stagnalis(タケノコモノアラガイ)の巻型決定因子の同定のために各種のアプローチを行ってきたが、有力手法の一つとして、1細胞期胚中のタンパク質およびmRNAを探索し、優性な右巻型に特異的な巻型決定因子候補を数種見出した。一方、巻型決定因子同定のためのバイオアッセイ系、および遺伝学的評価システムの開発に成功したので、継続研究における候補の機能評価に資することができるようになった。
L.stagnalis卵の細胞骨格を可視化し、特に第3らせん卵割(4→8細胞)において、同一種の左巻胚、右巻胚ではダイナミクスが互いに鏡像対称ではないという、従来の定説を覆す発見をした。これが巻型決定遺伝子と遺伝学的に強く連鎖することも実証した。更に、ともに優性な別種の左右巻貝では鏡像関係が保たれていることも示し、種内と種間では鏡像異性化メカニズムに差異があることを示唆する結果も得た。
▲分子カイロモルフォロジー研究の戦略と成果の概要
▲生物カイロモルフォロジー研究の戦略と成果の概要