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研究総括 伊藤 幸成
(理化学研究所 主任研究員)
研究期間:2009年~2014年
ヒトを始めとする真核生物の細胞内には糖タンパク質が多種多様な形で存在し、様々な生体現象に深く関与している。たとえばタンパク質の安定性や構造に与える影響、細胞間認識、細胞分化、癌化、シグナル伝達、免疫応答、微生物感染などと糖鎖の関わりはよく知られている。その中で最も普遍的な生命現象への関与として、タンパク質立体構造形成への関与が挙げられる。タンパク質の立体構造異常に起因する種々の疾病が知られていることから、糖タンパク質を構成する糖鎖が細胞内でどのような仕組みでタンパク質の立体構造に影響するのかを明らかにすることは重要な課題になっている。本研究は、有機化学合成により糖鎖を精密に人工合成・ライブラリ化すると共に、これを用いて糖タンパク質の細胞内における作用を系統的に解析し、その機能を理解しようとするものである。有機化学合成を駆動力に据えて、構造解析及び生体機能解析と合わせた三位一体の推進力として糖鎖研究に取り組むことにより、新たな研究の創成を目指す。
研究成果
(1)糖鎖生物機能化学グループ
【研究目標および成果と今後の展開】
本グループは、化学的に合成した糖鎖を用いて、糖タンパク質糖鎖の細胞内機能を解明することを目指した。特に重要なN-結合型糖鎖のタンパク質フォールディングにおける役割に焦点を当て、有機化学的な手法を用いながら、主に小胞体内で行われる糖タンパク質の品質管理について解析を行った。実施項目の代表的なものは以下の通りである。
・効率的糖鎖合成法の開発:化学合成と酵素法を組み合わせた「トップダウン型」合成法およびその改良法を開発した。これにより本プロジェクトの強固な基盤が形成された。
・解析手法の開発:上記手法により得られた糖鎖と様々なタンパク質との相互作用を迅速かつパラレルに定量解析する手法を開発した。
・分子プローブの開発と応用:合成糖鎖を疑似ミスフォールド糖タンパク質およびデコイ型プローブに変換し、UGGTの基質認識機構の解明を行った。
・糖タンパク質in vitro フォールディングシステムの開発:糖タンパク質フォールディング促進因子の探索と、in vitro フォールディングシステムの開発を行った。
今後は小胞体における糖鎖の機能をより広範に明らかにするための研究を発展させるとともに、構造が均一な糖タンパク質を効率よく生産するシステムのへの展開が期待される。
成果を代表する論文
- A. Koizumi, I. Matsuo, M. Takatani, A. Seko, M. Hachisu, Y. Takeda, Y. Ito "Top-Down Chemoenzymatic Approach to a High-Mannose-Type Glycan Library: Synthesis of a Common Precursor and Its Enzymatic Trimming" Angew. Chem. Int. Ed., 52, 7426-7431 (2013).
- Y. Takeda, A. Seko, M. Hachisu, S. Daikoku, M. Izumi, A. Koizumi, K. Fujikawa, Y. Kajihara, Y. Ito "Both Isoforms of human UDP-glucose:glycoprotein glucosyltransferase are enzymatically active" Glycobiology, 24, 344-350 (2014)
- K. Ohara, Y. Takeda, S. Daikoku, M. Hachisu, A. Seko, Y. Ito "Profiling Aglycon-Recognizing Sites of UDP-glucose: glycoprotein Glucosyltransferase by Means of Squarate-Mediated Labeling" Biochemistry, 54, 4909-4917 (2014)
- K. Fujikawa, A. Koizumi, M. Hachisu, A. Seko, Y. Takeda, Y. Ito "Construction of a High-Mannose-Type Glycan Library by a Renewed Top-Down Chemo-Enzymatic Approach" Chem. Eur. J. 21, 3224-3233 (2015)
- M. Hachisu, A. Seko, S. Daikoku, Y. Takeda, M. Sakono, Y. Ito "Hydrophobic Tagged Dihydrofolate Reductase for Creating Misfolded Glycoprotein Mimetics", ChemBioChem, 17, 300-303 (2016)
(2)糖タンパク質合成化学グループ
【研究目標および成果と今後の展開】
本グル-プは糖タンパク質の化学合成において、世界を先導する成果を挙げている。それを発展させ、ヒト型糖鎖が結合した糖タンパク質の合成を通して糖鎖がタンパク質に与える影響を化学の視点で考察し、糖鎖の機能解明及び糖タンパク質創薬への知見を蓄積することを目指した。小胞体内酵素基質認識様式の解明を目指し、均一な構造の高マンノース型糖鎖をもつミスフォールド、ネイティブ型の糖タンパク質を精密に化学合成した。次いで小胞体内の糖タンパク質品質管理機構でどのようなプロセスがなされているのか調べた。この成果を基盤に、以下の研究へと展開した。
・糖タンパク質フォールディング中間体に対するUGGTの認識
・蛍光標識した合成糖タンパク質を用いた小胞体内酵素の解析
・タンパク質部分に対するグルコシダーゼIIおよびレクチンシャペロンの認識
・15N安定同位体原子を導入した糖ペプチド型基質の開発
・ラット肝細胞小胞体画分を用いた解析
今後は、小胞体内において複合体を形成しているタンパク質群を探索し、それを基にした解析を行うことで、より大きな発展が見込まれる。
成果を代表する論文
- M. Izumi, Y. Makimura, S. Dedola, A. Seko, A. Kanamori, M. Sakono, Y. Ito, Y. Kajihara "Chemical Synthesis of intentionally Misfolded homogeneous Glycoprotein: a unique approach for the study of glycoprotein quality control" J. Am. Chem. Soc. 134, 7238-7241 (2012)
- S. Dedola, M. Izumi, Y. Makimura, A. Seko, A. Kanamori, M. Sakono, Y. Ito, Y. Kajihara "Folding of Synthetic Homogeneous Glycoproteins in the Presence of a Glycoprotein Folding Sensor Enzyme" Angew. Chem. Int. Ed. 2014, 53, 2883-2887 (2014)
- M. Izumi, Y. Oka, R. Okamoto, A. Seko, Y. Takeda, Y. Ito, Y. Kajihara "Synthesis of Glc1Man9-Glycoprotein Probes by a Misfolding/Enzymatic Glucosylation/Misfolding Sequence", Angew. Chem. Int. Ed., 55, 3968-3971 (2016)
(3)糖鎖構造情報化学グループ
【研究目標および成果と今後の展開】
本グループは、糖タンパク質、糖脂質の構造に注目し、有機化学、分析化学、生化学を融合し、糖による修飾過程を明らかにする研究を行った。以下が主な実施項目である。
・極微量分析技術による細胞内糖鎖合成制御機構の可視化と理解
1)糖脂質の解析を達成するための蛍光検出ナノLC-MS/MSシステムを構築した。
2)蛍光性CMPシアル酸および糖脂質アナログの細胞内における挙動を観察した。
・原子間力顕微鏡(AFM)の高分解能化と糖タンパク質の可視化
1)AFMカンチレバーのデンドリマー1分子による修飾を達成した。
2)1分子修飾カンチレバーを用いて糖タンパク質1分子像を取得した。
以上に付随する成果として以下が挙げられる。
・単糖の異性体を質量分析法により得る方法を発見した。
・質量分析法による絶対配置の決定法を開発した。
・小胞体選択的に分子を送達する手法を開発した。
今後は、分子送達法およびAFMに関する研究を進め、より大きな成果に結びつけたい。
成果を代表する論文
- S. Daikoku, Y. Ono, A. Ohtake, Y. Hasegawa, E. Fukusaki, K. Suzuki, Y. Ito, S. Goto and O. Kanie "Fluorescence-monitored zero dead-volume nanoLC-microESI-QIT-TOF MS for analysis of fluorescently tagged glycosphingolipids" Analyst, 136, 1046-1050 (2011)
- A. Ohtake, S. Daikoku, K. Suzuki, Y. Ito, O. Kanie "Analysis of the cellular dynamics of fluorescently tagged glycosphingolipids by using a nanoLC-MS/MS platform" Anal. Chem. 18, 8475-8482 (2013)
- S.-H. Son, S. Daikoku, A. Ohtake, K. Suzuki, K. Kabayama, Y. Ito, O. Kanie "Syntheses of lactosyl ceramide analogues carrying novel bifunctional BODIPY dyes directed towards the differential analysis of multiplexed glycosphingolipids by MS/MS using iTRAQ" Chem. Commun. 50, 3010-3013 (2014)
- S.-H. Son, A. Seko, S. Daikoku, K. Fujikawa, K. Suzuki, Y. Ito, O. Kanie "Endoplasmic Reticulum (ER)-Targeted, Galectin-Mediated Retrograde Transport by Using a HaloTag Carrier Protein", ChemBioChem, 17, 630-639 (2016)
- O. Kanie, Y. Shioiri, K. Ogata, W. Uchida, S. Daikoku, K. Suzuki, S. Nakamura, Y. Ito "Diastereomeric resolution directed towards chirality determination focussing on gas-phase energetics of coordinated sodium dissociation", Sci. Rep. 6, Article number: 24005 (2016)
評価・追跡調査