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- 浅野酵素活性分子プロジェクト
研究総括 浅野 泰久
(富山県立大学 工学部 教授)
研究期間:2011年10月~2017年3月
特別重点期間:2017年4月~2018年3月
グラント番号:JPMJER1102
微生物や動植物由来の酵素を用いる物質生産は、極めて温和な条件下で起こりますが、これらはホワイトバイオテクノロジーと呼ばれ、環境に優しい化学工業技術の1つとして注目されています。
本プロジェクトでは、微生物のみならず植物や動物などにおける高活性な酵素分子が示す反応を探究し、有用物質生産や健康診断法などに資する手法の基盤創出へと展開することを目標としています。有用物質生産の研究においては、微生物・植物・動物から見いだされる新たな酵素を活性分子として活用し、発酵法や酵素的結晶変換法等によるニトリルやアミノ酸などの有用化合物の合成に取り組むことで、これまでの有機合成化学や酵素工学では実現不可能であった技術の基盤を創出し、物質生産プロセスの開発に新たな展開を誘発することを目指します。健康診断法開発の研究においては、アミノ酸代謝に関与する微生物の酵素などを用いて、新しいアミノ酸定量法の基盤技術の創出に取り組むことで、血液中のアミノ酸単体の定量に利用することなどを目指します。このように自然から学ぶことで(新規酵素を探索することで)、環境にやさしい工業技術の確立や新たな診断方法の開発に貢献します。
酵素は、化学反応を温和な条件で効率的に触媒することから、次世代が求める環境に優しい革新的技術への応用が期待されている。本プロジェクトでは、酵素を用いる有用物質生産と生体成分分析に関する研究を通して、基盤的な新規酵素利用技術を開発し、将来の酵素利用産業の創出に貢献することを目標とした。
酵素の利用拡大には、酵素の研究に関する技術的革新が必要と考え、「実用性の高い新規酵素の発見」と「新規な物質生産法の開発」を中心に研究を行った。具体的には、微生物だけでなく動物や植物からの酵素の発見、新規な反応を触媒する酵素の創出、酵素を用いる新規有用物質生産法の開発を実現した。そして、これらの研究を支援する技術として、酵素の新規可溶性発現技術と実用的なバイオインフォマティクスや計算化学的手法を開発した。さらに、実用的物質生産法とアミノ酸定量法に関して企業と共同研究を実施し、上記の研究成果が実用的かつ汎用性があることを実証した。これらの研究成果は、酵素利用分野の拡大と発展に有用な基盤技術として高い評価を受けている。
(1)「新規酵素および遺伝子資源の探索と発見」
酵素の利用を拡大するためには、実用性の高い新規酵素の発見が重要と考え、微生物だけではなく、動物と植物からも酵素を探索し、酵素の性質を解明して、動物および植物由来の酵素の有用性を調べた。すなわち、植物および動物(ヤスデ)におけるアルドキシム-ニトリル経路の酵素群、およびマンデロニトリル分解に関与する酵素を探索し、これらの酵素が、植物とヤスデ、および植物種間で異なること、見出した酵素がいずれも新規な酵素であることを明らかにした(既に2種類の酵素が、新規酵素としてIUBMB Enzyme Nomenclatureに登録された)。また、ヤンバルトサカヤスデから発見したヒドロキシニトリルリアーゼが、酵素の中で類を見ない高い比活性を持つ新しい構造の酵素であり、他のヤスデにも高い比活性のHNLが存在することを示した。海洋性動物由来の酵素も多様であることを示した。これらの結果より、動物や植物は、微生物とは異なる多様な酵素を有することを明らかにした。そして、本研究で見出した酵素が有用物質生産に利用可能であることを実証し、異種発現系も確立した。
本研究では、植物や動物には、微生物とは異なる性質の酵素が存在し、これらの酵素が産業利用に資する性質であるいることから、植物や動物が、将来の酵素遺伝子資源となり得ることを示した。
代表論文
(2)「酵素を用いる新規有用物質生産技術の開発」
現在、物質生産に使用されている酵素種は限定的で、多様な物質生産に対応できない。そこで、酵素の産業利用を拡大するために、①理論的機能改変による産業上有用な酵素の開発、②新規酵素反応の開拓、③酵素的結晶変換の利用法について研究した。①では、自然界から発見されていないR-立体選択的アミン酸化酵素やアミノ酸アミド合成酵素を開発し、基質認識機構を明らかにした。②では、機能改変酵素を用いて非天然型アミノ酸やイミンの酵素的合成法を開発した。また、アルドキシム脱水酵素でシアン化物を使用しないエナンチオ選択的ニトリル化反応を可能にし、本酵素が高いKemp脱離反応活性を持つこと、ヤスデHNLがヘンリー反応活性を有し、β-ニトロアルコールの合成に利用できることを見出した。③では、酵素的結晶変換法の実施例を増やし、物質生産に活用するためのデータベースを作製して、その有用性を実証した。
本研究では、機能改変酵素の開発や既存酵素に隠れている酵素反応の発見が、酵素を用いる有用物質生産法の開発と拡大に大きく貢献することを示し、酵素的結晶変換法を利用するための基盤を整えた。
代表論文
(3)「新規可溶性発現技術の開発」
現在の大腸菌を用いる異種発現法では、酵素が活性を示さない封入体として発現される頻度が高く、植物や動物由来酵素の利用は限定的である。この問題点を解決するためにタンパク質の新規可溶性発現法について検討した。そして、タンパク質に存在するα-ヘリックス構造の親水性領域に存在する疎水性アミノ酸を親水性アミノ酸に変換すること、あるいは疎水性領域に存在する親水性アミノ酸を疎水性アミノ酸に変換することにより、活性型可溶性タンパク質として発現できることを見出した(α-ヘリックス法)。さらに、(4)に記載の一次配列解析ソフトウェア「INTMSAlign」をベースにして、目的酵素と類似アミノ酸配列酵素でアミノ酸残基の疎水度が大きく異なる残基を抽出し、変換するアミノ酸候補を予測するプログラムを開発した(Hisol法)。これらの方法は、特定の構造を持つ酵素ではなく、広い範囲の酵素に適応でき、2つの方法を組み合わせた場合、不溶性酵素の約50%を可溶性発現させることができた。
以上のように、本研究で開発した変異による可溶性発現技術は、今後の酵素の基礎研究や応用研究に大きく貢献できると考えている。
代表論文
(4)「実験室における研究の要望に沿った情報科学研究」
近年、バイオインフォマティクスや計算化学の進歩により、タンパク質の解析は深化してきたが、ウェット研究とドライ研究が本格的に融合した研究は実施されていない。プロジェクトでは、ドライ分野とウェット分野の研究者が緊密に協力し、将来の酵素研究の発展に寄与するソフトウエアの開発と計算科学的解析の利用について研究した。まず、酵素の一次配列解析ソフトウェア「INTMSAlign」を開発し、その機能を完全コンセンサス配列の設計、in silicoスクリーニングへの応用、異種酵素の可溶性発現への応用に拡大し、INTMSAlignが産業用酵素の開発に有用であることを示した。また、酵素の結晶構造解析と構造に基づく酵素反応の計算化学的な解析を行い、酵素の構造の段階的な変化の解析、構造と機能の解析、基質認識機構の解析、変異体の構造解析と理論的変異体作成への応用などで成果を上げた。
本研究で開発したINTMSAlignと拡大プログラムは、種々の酵素の開発に利用できたので、将来の酵素研究および産業用酵素の開発に新しい進展をもたらすと考えられた。また、本研究の実施体制は、研究に著しい加速性を与え、その有用性を実証した。
代表論文
(5) 実用的有用物質生産用酵素の開発
前記(1)~(4)で得られた基盤的な研究成果を、具体的な物質生産用酵素の開発に適用するために、企業と共同研究を行い、企業の期待の応える研究成果を挙げた。
(6) アミノ酸定量用酵素の開発
アミノ酸の特異的測定法として汎用性のある3種類の方法を開発した。そして、酸化還元酵素を用いる測定法に関して企業と共同研究を行い、実用化研究に道を拓いた。