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コラム

<9>国立総合大学トップ校にもビジネススクールを! ~オースティン市の成長の鍵~

プログラムアドバイザー  國井 秀子

プログラムアドバイザー  國井 秀子

日本はかつてIMDランキングにおいて国際競争力No.1を誇っていた時代もあったが、直近のランキングでは24位と大幅なランクダウンが続いている。低迷のいくつかの要因のなかで、とりわけ強化が望まれるのは、イノベーションによる新産業の振興である。産業を取り巻く環境は、ICTの進化・経済のグローバル化・人口変動・地球環境問題などによって急速に変化しており、ビジネスにもパラダイムシフトが起きている。パラダイムシフトは、イノベーションによる経済成長のまたとない機会なのであるが、日本はこの機会を活かせず、むしろ国際競争力を落としている。

新たなイノベーションの流れに乗る起業が盛んであり、それによって地域の経済が発展する成長モデルとしては、言うまでもなくシリコンバレーやボストンが挙げられる。このことは、このコラムでも先に松田一敬氏が紹介されている。松田氏が書かれているように、これらの地域には、失敗を恐れないチャレンジ精神旺盛なエコシステムが存在している。しかし、世界各国がこのモデルに学んで、各国の、あるいは各州のシリコンバレーを作ろうとしたが、なかなか成功していない。

長年の蓄積によってできた地域の文化を短期的に変えることは簡単ではない。しかし、従来からの基盤があまりない地域でも発展を実現させた例として、シリコンヒルズと呼ばれるテキサス州オースティン市とその周辺の歴史は非常に参考になると思う。私はテキサス大学オースティン校でPh.D.を取得したので、この地域の発展を身近に感じて来た。当初は半導体とソフトウエアを中心に発展してきたこの地域は、今日ではそれ以外の分野でも起業が盛んになっている。私が在住した80年代には高層建築が皆無だったオースティン市には、今や所狭しと高層のオフィスビルや高級マンションが建ち並び、さらにあちこち建設中である。かつては州政府機関と大学だけの静かな町が、かつての4倍にあたる100万人都市の規模に成長し、毎年約4万人もの人口増加が続いている。オースティン市は、急速な新産業振興も可能であることを証明した地域である。

地域の発展には、なにか原動力となる基点が必要である。オースティン市の成長の鍵となったのは、まさに州立のテキサス大学であった。オースティンの経済発展に向けたブループリントを描いたのは、ビジネススクールの故ジョージ・コズメツキー教授であった。さらに彼は構想だけでなく、その実現に対しても多大なる貢献をした。地域を巻き込んだ総合的なインキュベーション支援組織を大学内に創設し、地域ネットワークを広げ、大学内外での起業のエコシステムを構築していった。シリコンバレーなどに比べてまだ生活費が安く暮らしやすいというメリットもあり、シリコンバレーや他の地域から若手エンジニアも流入してくる。いくつかの大企業の技術部門もオースティンに移転してきており、最近では、ジェネラルモーターズ(GM)社が、ソフトウエア部隊をここに移転し、2000名規模に拡大した。地元の大学がこれらの企業へ優秀な人材を供給でき、また、他地域からの流入による供給もあるため、相乗効果で発展している。

日本では人気がないソフトウエア関係学科もテキサス大学では充実している。ここのコンピュータ科学科だけでも、学部で2000名を超す学生を教育している。その結果、産業界に必要なソフトウエア工学なども研究が盛んである。大学が共用研究設備として運用している世界第5位のスピード性能をもつスーパーコンピューター(Stampede)は、その利用支援体制が整備されており、理工系研究者に限らず、社会科学系の研究者にも利用され、それぞれの研究に大きく貢献している。異分野間の研究連携が盛んであり、このような環境に刺激されて、学生の起業意欲も高くなる。

日本でも、このような成功例を実現させることはできないのであろうか。気になるのは、日本の東京大学や京都大学などトップの国立総合大学にはビジネススクールがないことである。技術だけでは産業が発展しない。テキサス大学オースティン校は米国のトップランクを目指す研究大学であるが、その成果が地域の発展に貢献したのは、学内のビジネススクールとの連携によるところが大きい。イノベーションによる国際競争力強化に向けて、米国で2004年に発表されたパルミサーノレポートやドイツで2013年に発表されたINDUSTRIE4.0などでも強調されているが、近年のイノベーションはまさに技術の融合領域で起きている。そして、このイノベーションを経済成長に結びつけ、推進しているのが実践的なビジネススクールである。

減点主義傾向が強い日本においても、ビジネス志向があり、優秀でかつ失敗を恐れない大学の人材は全くいない訳ではない。しかし、いたとしても、日本では活躍しにくく、海外に行ってしまうことが多い。イノベーションで国や地域の経済発展を目指すなら、大学がそれに向けてのエコシステムの中核となるビジネススクールを持ち、「日本のコズメツキー教授」が活躍し、また「次世代のコズメツキー教授」も育成できる場所を構築すべきではないであろうか。シリコンバレーなどで活躍する日本人が、次は日本の発展のために尽力したい、人材育成をしたいと考えた場合に、活躍の場があることも必要である。資金確保への関心以上に、人材育成のビジョンなくしては、日本の経済発展も地域の経済発展もありえない。今年5月12日の日経新聞朝刊に「東大、経営学を拡充」という記事があるが、是非加速して学部設立まで持って行ってほしい。

シリコンバレーにはあって日本に不足する機能のイメージ
オースティン・テクノロジー・インキュベータの創出した企業

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