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コラム

<7> ボストンとシリコンバレーはなぜ成功を続けているのか

プログラムアドバイザー  松田 一敬

プログラムアドバイザー  松田 一敬

科学技術イノベーションにも「エコシステム(生態系)」があると言われている。科学技術イノベーションのエコシステムとは、簡単に言えば、大学・研究機関等(企業の研究部門を含む)の研究シーズが、実用化・商業化という形で社会に還元され、人々の生活・社会を変えるとともに、この過程に参加した人々が経済的にも恩恵を被る、という形になることである。つまり、科学技術の成果で商業化・実用化による経済的な恩恵が発生し、継続可能なものとなり、資金・富が循環し、これが新たな科学技術の商業化・実用化につながるという循環である。このエコシステムこそが、米国の凋落が懸念された1980年代から、現在の米国の復活につながる礎となったのである。

しかし、このようなエコシステムが機能している地域は、米国でもシリコンバレー(サンディエゴあたりまでを含む)とボストン近郊のみに限られる。米国内でもそれ以外には、オースチン・ノースカロライナ等やや健闘している地域はあるものの、ほとんどの地域はうまくいっていない。これはエコシステムが創発的なものであり、文化・歴史や社会システムと密接に関連しており、行政側の努力で植え付けられるものではないことを示している。

なぜボストンとシリコンバレーは2大拠点としてエコシステムが機能しているのだろうか?エコシステムとは大学の研究成果をビジネスにつなげる仕組みである。そのプレーヤーは、シーズとマネジメント人材を生み出す大学、起業家、ベンチャー企業、エンジェル投資家とベンチャーキャピタル(VC)、ベンチャーからビジネスもしくは会社ごと購入する大企業、ベンチャーをサポートする会計事務所・法律事務所・人材会社・受託研究会社・受託製造会社、その他のさまざまな専門家たちなど。これを人材の観点から言えば、シリアルアントレプレナーの存在と世界中から集まった優秀な人材。そして、いたるところに成功事例があること。これらがある閾値を超えると自然発生的に次々とベンチャーが起こり、大学等の研究シーズの事業化が加速度的に進むのである。
 エコシステムを継続させる源泉は、大学である。ボストンでは、MITが実学を重んじる大学であり、設立当初から研究者が商業・実業に関わることが是とされた。「アカデミアはビジネスに手を染めるべからず」という考え方が主流であった当時では画期的で、このDNAが現在まで綿々と流れている。MITの研究者は研究成果の事業化を常に考え、ここにベンチャーキャピタルが登場し密接な関係を維持しながらビジネスを生んで行く。シリコンバレーは、MITからスタンフォードに移ったターマン博士の教え子であるヒューレットとパッカードがガレージでHP社を立上げ、その後、IT・バイオ・医療機器などでいずれも中核となるベンチャーが生まれ、これらにVCが投資する。中核ベンチャーから新たなベンチャーが生まれ、そこにまたVCが投資し、大企業が買収する、という循環が形成された。ベンチャーを支援する仕組みも必然的に生まれて、またこれも進化していった。このシステムが世界で一番優秀な人材を引き寄せ、資金調達も容易という評判が磁石となって、次から次へと資金と人材を集め、システムが増幅を続ける。

エコシステムを形成・維持する最も重要なものは「失敗を讃える風土・文化」である。失敗した起業家は失敗していない起業家より価値が高いと評価され、このことが自然にチャレンジ精神を生む。日本でも「失敗を讃える文化を育む」ことができるのか? この点が日本の最大の課題ではないか。

シリコンバレーにはあって日本に不足する機能のイメージ

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