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コラム

<1>「政策のための科学」がめざすものとは?

プログラム総括  森田 朗

プログラム総括  森田 朗

「科学技術イノベーションのための「政策のための科学」」とは、現在わが国が直面する課題を解決するために、あるいは成長のためのイノベーションを引き起こすために、あえていえば、これまで経験と勘に基づいて作成していた政策を、より確実で科学的な方法によって作成するための、それ自体科学的な知識・方法を指している。

もちろん政策作成の科学的方法とはいっても、一定の独立変数を入力すれば、自動的に最適解が導き出されるような法則や方程式の発見は到底期待することはできないし、すべきでもない。そもそも「政策」とは内在的に価値を含むものであり、その作成に当たっては、多様な要素について考慮し、その都度、価値判断をしながら作成すべきものである。その判断は、「科学」の域を超えた国民による価値の選択にほかならない。

そうだとすれば、それでは、「政策のための科学」とはどのような「科学」であり、何をめざすのであろうか?

私の考える「政策のための科学」は、最終的には、価値の選択や判断が伴うとしても、それに至るまでの過程、とくに政策の選択肢、すなわち政策オプションの形成に至るプロセスに科学的手法を適用しようとするものである。これまでは、政治家や行政官の長年の経験と勘、または政治的有力者の思い付きや思い込み、あるいは利害関係者間の政治的妥協によって、必ずしも根拠のない主張や要求が政策として提案され、制度化され実施されてきたケースが少なからず見られた。

とくに選挙を意識した当初から実現の見込みのない政策や長期的にみて効果の乏しい政策が、しっかりとした根拠に基づく議論を経ずに決められて実施され、予想通り効果を生まなかった事例は枚挙にいとまがない。

こうした事態を避け、限られた資源を最大限効率的に使い、真に有効な政策を作るには、エビデンスと理論に基づき、その効果の発生が論理的に明確な政策オプションを作成することが重要である。さらには、こうした先端的方法を採用することによって、従来は見出しえなかったような新たな政策の可能性の発掘も期待できよう。

たとえば研究の進展が著しい書誌情報分析は、近年大量に発表され、かつ高度に専門化した研究論文の内容をWebサイトから収集分析し、先端的研究分野や盲点となっている研究領域を発見し、新たなイノベーションの鍵を探ろうとする学問である。こうした研究を蓄積することによって、非現実的な選択肢を排除し、実現可能性の高い政策の範囲を示すことができるであろう。その範囲をできるだけ絞り込むことにより、有効な政策が作成される確率が高まることはまちがいない。

だが、こうした手法のみによって、最善の政策が見出せるわけではもちろんない。実際に課題解決に有効な政策を作成し、イノベーションを実現するためには、政府機関はもとより、民間企業やその他のいわゆる利害関係者、すなわちステークホルダーの合意を得ることが必要である。

しばしば「死の谷」といわれるように、イノベーションを実現するためには、シーズとしての新技術の発見や発明から企業化までの間に、容易に超えることのできない大きな「谷」があるといわれている。この「谷」は、企業化を阻む市場の不確実性であったり、一部のステークホルダーの反対であったり、あるいは過度の規制など制度の不備である場合もあろう。そして、それらを克服するには、多くの場合、課題解決を阻みイノベーションを阻害している制度の改革が必要であり、その改革案の提示こそ政策オプションの作成といえよう。

それが市場の拡大に結びつくものであれ、基準の明確化であれ、規制の緩和であれ、そうした制度のあるべき姿を「デザイン」することが重要である。そして、作成されたデザインを実現可能な政策オプションにするためには、政治的な決定が必要である。すなわち、現状の民主主義社会においては、多様な利害をもつステークホルダー間の調整と合意形成を慎重な政治的手続を経て達成することが必要なのである。

現代のインターネット時代の社会的合意形成は、昨今のエネルギー政策をめぐる議論を見ても明らかなように、容易ではない。高度に専門的なテーマについて、多様な意見を調整し反対論者と論争し、一般市民を説得し納得させなければならないのである。これにも、より的確に専門情報を非専門家や一般市民に伝達するためのコミュニケーションやインタプレテーションに関する科学的技法の開発が必要である。偏ったメッセージが、偏見を定着させ、それがイノベーションの障害となっている事例は多数ある。

文部科学省の科学技術イノベーションのための政策のための科学がめざしているのは、このような政策の決定過程の諸要素にも目配りした実装可能な「政策のための科学」の構築である。このような新たなディシプリンの形成は、まさに未知の世界への挑戦である。参加する研究者の抱くイメージも一様ではなく、今は同床異夢の状態にあるといってよいだろう。しかし、それぞれの夢を見ている者が、見た夢を語り合うことによって、次第に共感し、大きな一つのディシプリンに発展していくことが期待されている。それには、研究者間のネットワークの形成と相互の活発な意見交換、そして状況を俯瞰し統合へ向けて全体をマネジできる人材の育成が重要であることはいうまでもないだろう。

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