成果概要
脳指標の個人間比較に基づく福祉と主体性の最大化[5] 個体間比較可能な報酬の主観的価値表現の齧歯類神経システムの包括的理解
2023年度までの進捗状況
1. 概要
広範囲を観察できる顕微鏡や集積度の高い特殊な電極を使って、脳の活動を測定しています。顕微鏡による観察では、ラットやマウスの脳に特別なウイルスベクターを注入して、蛍光物質を発現させることで、脳の中で起きている現象を調べています。そうすることで、動物たちがどんな報酬や欲求を感じているのかを理解しようとしています。また、人間の意思決定の理解につながるような行動課題の開発を進めています。

2. これまでの主な成果
(1)齧歯類への外来遺伝子導入の検討、顕微鏡技術・電気生理技術を融合した古典的条件付けでの行動計測・脳指標計測の開始
報酬の主観的な価値を調べるための研究で、古典的条件付けという実験を行いました。すなわち、音を鳴らすと水が出るような課題をラットに与えました。すると、ラットは音に対して予測的に舐める行動を示すようになりました。その後、ラットの脳の活動を見るために、特殊なウイルスベクターを使って脳の中で特定の物質が光るようにしました。そして、広い範囲を観察できる特殊な顕微鏡を使って、脳の中で報酬に反応する部位を見つけました。その後、同じ部位に集積度の高い電極を使って神経活動を調べると、顕微鏡による観察と同じような反応を示す神経細胞が見つかりました。広範囲な観察と特定の領域の解析を同じ動物で行い、脳の中での活動を詳しく調べることができました。これらについてより詳しく解析していく予定です。

(2)ヒトの志の理解につながる、齧歯類での報酬への欲求のシステム的理解を目指した、オペラント条件付けで欲求を計測できる行動課題の開発
ヒトの研究と同様の枠組みで欲求の仕組みを理解するためには、動物モデルで行動選択の課題を確立する必要があります。昨年、動物がボタンを1回押すと報酬が得られるという単純な課題を行いながら、内側前頭前野の神経活動を分析しました。2023年度に、ビデオベースの行動解析と組み合わせた解析を進めることができました。また、行動選択課題については、従来までにも学習をさせることはできていましたが、2023年度に、訓練法を改善してより短い期間で学習を進めることができるようになりました。このような改善により、さらに難しい課題を組むことができ、ヒトで行われるような課題に近づけることができます。この課題を使って、再学習時の神経活動の変化と報酬や欲求との関係を調べます。

3. 今後の展開
報酬の主観的価値の脳内表現をラット脳において高密度・高解像度に計測し検討します。多数の個体に対して、報酬の価値を変化させるような処置を加え、報酬に対する脳の活動の変化を見ます。また、欲求についての考察を深める上で役立つような課題を構築します。個体間で価値に関する神経表現を比較するための理論的検討を進めます。
(田中康裕:玉川大学)