成果概要
脳指標の個人間比較に基づく福祉と主体性の最大化[1] 社会における福祉と主体性の特定と更新
2023年度までの進捗状況
1. 概要
本課題の役割は、事実解明的研究(調査・実験)を導くプレ理論を構想することです。福祉・主体性にかかわるリストと定式化理論を構築し、「シティ・ケイパビリティ」という概念の定義を行います(課題1-1)。また、国立国会図書館の全文デジタルデータを活用し、福祉・主体性概念に関わるデータの解析を進めます(課題1-2)。
本年度は、(1)主要文献の解読を基に、個人の「幸福へのケイパビリティ」を抽出する方法的枠組みを構想しました。(2)大規模テキストデータの収集・整理作業と並行して、文化の幾何学アプローチと単語埋め込みモデルを用いて、福祉・主体性の主要軸を特定するための分析を行いました。
2. これまでの主な成果
(1)センのオリジナルな定式化を拡張し、「グループ」(資源と利用能力が同様な個々人の集まり)と「タイプ(独立かつ排反的行動の組合せの違い;行動特性)」という2つの概念を用いて、一定のグループにおいて、タイプの異なる個々人の達成機能を集積することにより、(代表的)個人のケイパビリティを近似する方法を提示しました。

(2)先行研究を比較精査した結果、行為や状況との対応関係が弱く抽象度の高いリストは、指令的な(prescriptive:処方箋的な)性格を帯びること、善さに関する暗黙の価値前提が回答に影響を与える可能性が示唆されました。そこで、本研究では、外出/在宅活動という体験と、遭遇した困難や実現した諸機能を紐づけ、個人は外出比率の選択を通して一定の機能値を実現するモデルを提示しました。


(3)福祉概念に関する計算テキスト分析の実施
国会図書館全文データ(国会図書館が所蔵する明治から1968年までに出版されたすべての図書、1989年までに出版されたすべての雑誌のデジタルテキストが含まれている)をデータとして、福祉・主体性の主要軸を特定するために計算テキスト分析の方法によって分析しました。具体的には、哲学、心理学、社会科学の広範な先行研究を徹底的にレビューし、Subjective well-being を中心としAffluence, Education, Health, Safety, Affiliation, Play, Nature, Freedom, Peace, Democracy の 11 の概念次元を、ウェルビーングの仮説的理論構造として特定しました。その上で、これら概念が実際に人々のウェルビーングに関する日常的な使用法を反映しているか、また概念システムの内的構造がどのようになっているか、歴史的にどのように推移したのか、文化の幾何学アプローチを応用した単語埋め込みモデルによる分析によって検討しました。この成果は査読付き国際会議で発表しました。

3. 今後の展開
(1)多次元のグループから構成される「シティ・ケイパビリティ」の概念を明晰化します。(2)脳神経科学・動物心理学等との協同により、「幸福へのケイパビリティ」を高めるための医療的介入と社会的支援を結ぶ論理を解明します。(3)文化の幾何学アプローチに基づく国会図書館全文データの分析を行い、哲学的・規範的に提案された福祉と主体性の概念を現実の人々の思考や態度に即して検討します。
(後藤玲子:帝京大学、瀧川裕貴:東京大学)