成果概要

脳指標の個人間比較に基づく福祉と主体性の最大化1. 社会における福祉と主体性の特定と更新

2022年度までの進捗状況

1.概要

本課題の役割は、事実解明的研究(調査・実験)を導くプレ理論を構想することです。具体的には、福祉・主体性にかかるリストと仮説を構築し、「シティ・ケイパビリティ」という概念の定義を行います(課題1-1)。また、国立国会図書館の全文デジタルデータを活用し、福祉・主体性概念に関わるデータの解析を進めます(課題1-2)。

本年度は、(1)主要文献の解読を基に、個人の「幸福へのケイパビリティ」を抽出する方法的枠組みを構想しました。(2)大規模テキストデータの収集・整理作業と並行して、文化の幾何学アプローチと単語埋め込みモデルを用いて、福祉・主体性の主要軸を特定するための予備的な分析を行いました。

2.2022年度までの成果

(1)個人間関係性に根差す福祉の捕捉:福祉は個人間関係性に根差す場合が少なくなく、かならずしも個人別に分解できないにもかかわらず、これまでのほとんどの幸福研究が提示するリストは、他者との関係性において顕れるケースを十分とらえきれていません。他者との関係性要因が個人にもたらす快苦と、それを上回るはずの正の関係性要因がもたらす快苦が、個人の中で統御されていく作用機序を明らかにする文献を広くサーベイ・吟味した結果、セン、パーフィットらの「理性とアイデンティティ」論が有力な参考文献として残されました。
(2)個人の中の公共的判断あるいは市民としての意見の捕捉:個人の選好・評価・判断・意見の情報的基礎、ならびに、それらの送り先・宛て先、目的、文脈の相違などに十分留意しつつ、多元的かつ多段階的な個人の評価構造をとらえることのできる「ケイパビリティ・ユニバース」を構想しました。要点は、本人が属するさまざまな次元(カテゴリー)のグループに対する本人のウエイトを考慮しつつ、個人のケイパビリティを規範的に構築する点にあります。

(3)福祉・主体性概念に関わるデータ収集と整理の実施
当該年度は2023年度以降に分析する大規模テキストデータの収集と整理を行いました。大規模テキストデータに関しては入手可能性と福祉、主体性の主要軸の特定という目的にとっての適合性という点から検討を進めた結果、国会図書館全文データ(国会図書館が所蔵する明治から1968年までに出版されたすべての図書、1989年までに出版されたすべての雑誌のデジタルテキストが含まれている)を用いることとしました。
当該年度は、データを出版年ごとに整理するとともに、メタデータ(出版年、著者、ジャンルなどが含まれる)の構築、本文データのクリーニング(旧字体→新字体変換、英数字削除、MeCabを用いた形態素解析、形態素ごとに区切られたテキストファイル変換)を行いました。その上で、福祉・主体性の主要軸を特定するために文化の幾何学アプローチを採用、単語埋め込みモデルを用いた予備的な分析を行い、数理社会学会大会にて報告しました。

3.今後の展開

(1)多次元のグループから構成される「シティ・ケイパビリティ」の概念を明晰化します。(2)脳神経科学・動物心理学等との協同により、「幸福へのケイパビリティ」を高めるための医療的介入と社会的支援を結ぶ論理を解明します。(3) 文化の幾何学アプローチに基づく国会図書館全文データの分析を行い、哲学的・規範的に提案された福祉と主体性の概念を現実の人々の思考や態度に即して検討します。
(後藤玲子:帝京大学、瀧川裕貴:東京大学)