成果概要

脳指標の個人間比較に基づく福祉と主体性の最大化2. 社会における喜びと志の発見システムの開発と更新

2022年度までの進捗状況

1.概要

福祉と主体性の観点から個人の主観的な喜びや志を最大化するための方策として、バーチャルリアリティ(VR)技術を活用した仮想体験の創出システムの実現を目指します。モビリティ体験における志と喜びの相互関係のモデリング、個人の福祉・主体性に結びつくような喜び・志を発見するための数理的方法論を、VR内の体験実験を通じて確立します。これにより、個人の体験の最適化からスマートシティで暮らすグループ全体の体験の最適化手法を確立すると同時に、リアルな生活環境における脳指標計測の場を提供します。最終的に、ユーザがAIシステムや他者によるサービスに過剰に依存するのではなく、自らの意志で主体的に社会活動を営む喜びの支援システムの実現を目指します。

図1:構築したVR体験の呈示と行動記録システム
図1:構築したVR体験の呈示と行動記録システム

2.2022年度までの成果

志と喜びの相互関係モデリングのためのモビリティ体験記録システムとデータベース構築
VR空間における仮想体験をデザインする際には、ユーザの心理的な状態(志や喜び)を数理的に捉え、システムがどのようなコンテンツ(映像や音声など)を提供するべきか、というシステム設計論が必要となります。この設計論確立のための基盤として、VRコンテンツの映像、音声・ユーザの生体信号(視線・瞳孔径・皮膚電位・心拍・心電位・脳計測データ)・ユーザの全身の運動データ、を統一的に記録できるシステムを構築しました(図1)。
また、上記のプラットフォームを用いて、研究開発課題3-2のメンバーと連携し、VR空間での旅行を通じて志と喜びに関するモビリティ体験の分析を行う実験システムを構築しました。具体的には、実際の歩行動作によってVR空間を移動するためのデバイス(Cyberith社の Virtualizer Elite 2;図1)を用いて,6種類の観光地を巡るVRアプリケーションを作成しました(図2)。モビリティ体験が記憶に与える影響を調査するために、VR旅行中にスマートフォンで写真撮影をする機能を構築し、後から記憶を振り返り、主体的な行動を評価するためのシステム基盤を構築しました。

図2: VR旅行コンテンツで提供される体験の様子
図2: VR旅行コンテンツで提供される体験の様子

3.今後の展開

VR旅行コンテンツの実験を実施し、VR空間の中での視覚映像、歩行行動や対話行動、主体的な行動が現れる条件の記録、生体信号・脳活動データの収集などを行います。これらのデータを解析し、ユーザ全体として共通としてみられる傾向と、ユーザ個人がもつマインドセットに相当する傾向を分離し、各マインドセットにおける呈示データと行動データの関係性をモデリングします。これによりユーザ個人が主体的に感じる喜びや志を数理的に表現可能とし、VRコンテンツを動的にカスタマイズして行く事のできるシステム構築を目指します。
VRによる行動変容技術の研究は世界的にも広がりつつあるものの、スポーツにおける運動スキル学習や、認知科学的な行動分析という観点に留まっており、心への影響については未解明な点が多く、理論体系化できていない状況です。今後、構築したプラットフォームを用いて収集したデータセットを活用し、自由エネルギー原理(※)を用いて志と喜びの相互関係を個人レベルでモデリングすることで、どのようなVR体験を呈示すると、ユーザ個人にとって相応しい体験となるのか、ということを数理的に議論する枠組みの構築を目指します。
そのような取り組みを通じて、2050年におけるウェルビーイング社会を支えるために、ユーザ個人にとって相応しい喜びと志の発見を支援するVR経験を提供できるアシストシステムの実現を目指していきます。
(※自由エネルギー原理:神経科学者のKarl Friston が提唱している脳の情報処理モデル。自由エネルギーという物理量を最小化させるように脳は推論を行うという仮説で、well-beingを数理的に説明可能と期待されています。)
(稲邑 哲也:玉川大学)