成果概要
脳指標の個人間比較に基づく福祉と主体性の最大化[2] 社会における喜びと志の発見システムの開発と更新
2023年度までの進捗状況
1. 概要
福祉と主体性の観点から個人の主観的な喜びや志を最大化するための方策として、バーチャルリアリティ(VR)技術を活用した仮想体験の創出システムの実現を目指します。モビリティ体験における志と喜びの相互関係のモデリング、個人の福祉・主体性に結びつくような喜び・志を発見するための数理的方法論を、VR内の体験実験を通じて確立します。これにより、個人の体験の最適化からスマートシティで暮らすグループ全体の体験の最適化手法を確立すると同時に、リアルな生活環境における脳指標計測の場を提供します。最終的に、ユーザがAIシステムや他者によるサービスに過剰に依存するのではなく、自らの意志で主体的に社会活動を営む喜びの支援システムの実現を目指します。
2. 2023年度までの成果
志と喜びの相互関係モデリングのためのモビリティ体験記録システムとデータベース構築
VR空間における仮想体験をデザインする際には、ユーザの心理的な状態(志や喜び)を数理的に捉え、システムがどのようなコンテンツ(映像や音声など)を提供するべきか、というシステム設計論が必要となります。そのための実験基盤として、VRコンテンツの映像、音声・ユーザの生体信号(視線・瞳孔径・皮膚電位・心拍・心電位・脳計測データ)・ユーザの全身の運動データ、を統一的に記録できるシステムを構築しました(図1)。
また、上記のプラットフォームを用いて、研究開発課題3-2のメンバーと連携し、VR空間での旅行を通じて志と喜びに関するモビリティ体験の分析を行う実験システムを構築しました。具体的には、実際の歩行動作によってVR空間を移動するためのデバイス(Cyberith社の Virtualizer Elite 2;図1)を用いて,6種類の観光地を巡るVRアプリケーションを作成しました。モビリティ体験が主体性に与える影響を調査するために、VR旅行中にスマートフォンで写真撮影をする機能を構築し、後から記憶を振り返り、自分が撮影した写真なのか否かを判定するタスクを通じて、VR体験の主体的を評価するシステム基盤を構築しました。

社会学との連携によるVRコンテンツの作成
社会学におけるケイパビリティーアプローチと呼ばれる研究手法では、喜びや志に影響を与える要因を、日常生活での典型的な「できる·できない」の要素から明らかにしようとしています。研究開発課題1のメンバーと連携し、その「できる・できない」の経験をVR空間でリアルに体感することにより、ユーザの喜びと志への影響を定量的に分析する基盤を整えました。具体的には、図2に示すように「すれ違う相手と社交的な挨拶をする vs 相手から無視され素通りされる」というような条件の体験を比較することで、ユーザー個人それぞれが持っている、喜びと志を歓喜する要因を調査することが可能になります。

3. 今後の展開
今後は、VR環境内での社会的行動が脳活動に与える影響をより深く解明するために、VR空間の中で様々な体験をする実験系を人だけではなく、サルやラットなどへ展開することを検討しています。プロジェクト間連携課題として、松元PM、内匠PM、筒井PM、の協力の下、ラットやサルでの社会的行動実験を進める予定です。相手の行動や見た目が通常とは異なる状況をVR環境で再現し、その際の脳活動を計測することで、喜びや志を相当する脳活動領域や、それらを評価する指標を明確にします。最終的にその成果を用いて、ヒトにおける喜びと志の発見と支援を行うための方法論を確立する予定です。
このような取り組みを通じて、2050年におけるウェルビーイング社会を支えるために、ユーザ個人にとって相応しい喜びと志の発見を支援するVR経験を提供できるアシストシステムの実現を目指していきます。
(稲邑 哲也:玉川大学)