成果概要

脳指標の個人間比較に基づく福祉と主体性の最大化3. ヒト脳指標による喜びと志の個人間比較技術開発

2022年度までの進捗状況

1.概要

私たちの住む社会を自由で公正なものにしていくためには、行政がとりうる各政策の集団・社会レベルでの「良さ」を測る必要があります。しかしこのような指標は、異なる人びとのウェルビーイング(効用)を個人間で比較する方法がないと、うまく作れないことが知られています(アローの不可能性定理; Arrow, 1963)。効用の個人間比較は、行動データのみに基づく古典的な手法では原理的にできないとされています。本研究開発テーマでは、多様な生理指標の計測を組み合わせて、効用を個人間比較可能なかたちで測定する手法を構築します。本研究開発テーマの達成により、現在使われている金銭ベースの政策評価指標をウェルビーイングベースの指標に改良することができると考えられます(課題3-1)。
また、ヒトの喜びと志の神経回路ダイナミクスを明らかにするMEG研究体制強化を進め、「自己主体感」についてのヒトMEG実験とマーモセットECoG実験、そして「物語的自己」についてのMEG実験を進行中です(課題3-2)。

効用の個人間比較 貧乏な人の方が1万円もらった時の喜びは大きいと考えられますが、異なる人びとの喜びを科学的に比較する手法は未だ存在していません。
効用の個人間比較
貧乏な人の方が1万円もらった時の喜びは大きいと考えられますが、異なる人びとの喜びを科学的に比較する手法は未だ存在していません。

2.2022年度までの成果

(1)喜びの強さの脳指標による定量化

  • 既存の喜びの強さに関する神経科学、経済学、哲学文献を収集・整理し、高精度での効用の読み取り技術開発への方向性(multi-echo fMRI 撮像、生成モデルを用いた解析)を確定しました。
  • 効用の予測誤差に相関することを特定した脳部位 (Matsumori et al., 2021) の活動を、独立なデータベース(ABCD study)を用いて解析しています。
  • 効用が脳内で計算される動的プロセスを高時間分解能で明らかにするため、MEG実験のための効用課題のデザインを決定しました。
効用の神経相関
効用の神経相関

(2)志の強さの脳指標による定量化

  • 志の強さの脳指標を構築するために、既存文献を収集・整理して、自由意志との関係が議論されてきた「二階の欲求(ある欲求を持ちたいという欲求を持つこと)」(Frankfurt, 1971) に注目した実験課題作成の方向性を確定させました。
  • 環境との相互作用による外界モデルの構築と「自己主体感」の獲得過程の神経ダイナミクスを明らかにするため、健常者を対象として、探索課題を用いたMEG計測を実施しました。
  • 発声における「自己主体感」の神経回路ダイナミクスを詳細に明らかにするため、マーモセットに他個体の声との鳴きかわしを行わせ、前頭葉と側頭葉をカバーする電極(96ch)から取得した皮質脳波(ECoG)データの解析を行い、発声時の聴覚野活動抑制や片側半球における活動抑制の時間変化を確認するとともに、そこにおける前頭葉-側頭葉の機能的結合性について検討しました(日本神経科学学会および北米神経科学学会で発表)。
  • 「物語的自己」の核となる自伝的記憶とその評価の神経回路ダイナミクスを明らかにするため、MEG実験のための自伝的記憶課題の詳細を、課題2-1とも連携して決定しました。

3.今後の展開

今後は、カメラなどから簡易に取得可能なデータを利用した効用推定技術の開発に挑戦します。これを実施することにより、スマートシティにおけるモビリティ政策の評価への応用に繋がります。
光ポンピング原子磁気センサー(Optically pumped atomic magnetometer: OPM)によるMEGを用いて、Virtual Reality(VR)空間の街(スマートシティ、都市、地方など)を自由かつ探索的に行動している最中の脳活動を調べ、モビリティに関連した「喜び」と「志」の発見に関わる神経回路ダイナミクスを明らかにします。
(松森嘉織好: 玉川大学、松元 まどか: NCNP
Ralph Adolphs: California Institute of Technology)