成果概要

脳指標の個人間比較に基づく福祉と主体性の最大化4. 個体間比較可能な報酬の効用表現の霊長類神経システムの包括的理解

2022年度までの進捗状況

1.概要

主観的な価値を生み出す情報を報酬系の諸領域の神経細胞が分散符号化して処理していることを明らかにし、一流国際誌に論文として発表し、当プロジェクトの足掛かりとなる重要な科学的基礎を世界に示しました。また、欲求の強さの神経細胞活動による情報表現を調べ、摂食後の有意な浸透圧上昇で確認しました(課題4-1)。さらに、報酬の主観的価値や欲求、そして階層的認知の神経表現をサルで調べるための実験ブースを整え、それぞれの行動課題でのサルの訓練を開始しました。また、階層的認知と社会的意思決定の関係性をヒトで調べる実験を行い、結果を国際誌に論文として発表しました。(課題4-2)。

2.2022年度までの成果

(1)効用の神経表現の同定における研究開発
報酬の価値表現に関わる脳領域(前頭眼窩野内側、前頭眼窩野中央、腹側線条体、背側線条体)の個々の神経細胞が、期待主観価値を表現する際に持つパラメーターを推定し、最適なモデルを選択しました。結果を論文としてまとめ、報告しました (A neuronal prospect theory model in the brain reward circuitry. Imaizumi Y, et al. and Yamada H. Nat Commun. 2022, 13(1):5855) (課題 4-1)。
(2)欲求の客観的評価法の確立に向けた研究開発
4頭の飲水調節を施したサルから一頭当たり食前と食後に、給餌中は吸水を行わない条件で採血、浸透圧の計測を行ったところ、浸透圧の有意な上昇が観察されました(課題 4-1)。

(1)報酬の主観的価値の神経基盤解明のための行動課題の開発と訓練
皮質および皮質下の多領域から多点電極を用いた同時計測を行うため、新たな実験ブースの構築を行いました。サル1頭にヘッドホルダーおよび記録用チャンバーの設置手術を行い、ターゲット領域の一つである海馬からの神経活動記録を行い、海馬にアプローチする手順を構築しました(海馬に記録用電極跡が残っていることも確認)。報酬の主観的価値の神経基盤を調べるため、複数種類のジュースに対応する図形の選択課題を構築し、1頭のサルに訓練を開始しました。
また、階層的認知の神経基盤を調べるためのカテゴリー推論課題を開発し、2頭のサルに訓練を開始しています。
加えて、階層的認知と社会的意思決定の関係性に関するヒト行動実験およびfMRI実験を行いました。行動実験では、利己的な人ほど熟慮的なモデルベース学習を用いる傾向があることを明らかにしました(Proselfs depend more on model-based than model-free learning in a non-social probabilistic state-transition task. Oguchi M, et al. Sci Rep. 2023, 13(1), 1419)。fMRI実験では、寄付行動を用いたゲーム課題を構築して大学生参加者からの撮像を行い、得られたデータについて解析を進めています。(課題4-2)

3.今後の展開

本研究開発課題においては、脳の神経細胞活動が個体の効用を表現する仕組みを、ヒトに最も近い実験動物のマカクザルを用いて明らかにすることで、ヒトの脳指標による喜びや志の個人間比較の生物学的妥当性を確立することを目指しています。この検討を加速するために、効用の神経表現に係わる複数の脳領域の集団活動解析の同定技術の確立、及び、ヒトとサルの主観比較を可能とする行動データ解析の確立を目指します。また、欲求の客観的評価法の確立に向けて、空腹の指標となる血中グレリン濃度の測定を目指す。これらの検証を進めることで、ヒトの喜びと志を生み出す生物学的な原理を同定し、ヒトの幸せを生み出す仕組みの理解に繋げます。(課題4-1)
本研究開発課題では、マカクザルを用いて報酬の主観的価値を表現する精細な脳内メカニズムを明らかにするために、自由選択および強制選択を織り交ぜた報酬課題を遂行中のサルから、皮質および皮質下の多領域多細胞同時記録を行います。ここでは、強制選択課題での報酬操作による価値低下法や、化学遺伝学による経路選択的な神経活動操作を活用し、主観的価値を表現する脳内の階層的なダイナミズムに迫ります。本研究で得られた知見は、直接ヒトの理解へと適用されるだけでなく、げっ歯類での報酬価値の神経表現に関する個体間比較から得られた知見をヒトの理解へ翻訳するための媒介となることも企図されています。(課題4-2)
(山田洋:筑波大学、小口峰樹:玉川大学)