成果概要

安全で豊かな社会を目指す台風制御研究[5] 数理研究

2024年度までの進捗状況

1. 概要

本研究開発項目は、理論や数値モデルに基づいて、台風制御にとって最適な介入のタイミングと場所を特定することを主な目的としています。
その方法として、数理科学分野の最新の知見を導入することにより、小さな外力で大きな変化をもたらす数理構造を明らかにするアプローチ、それから、現実的な物理モデルに対応する随伴方程式を適用し台風の風速や降水量に影響の大きな物理量を過去に遡って割り出すアプローチの両方を同時並行して進めています。
このほか、他の研究開発項目と連携し、観測データと数値モデルを組み合わせるデータ同化と呼ばれる手法を活用した不確実性の低減にも貢献します。

2. これまでの主な成果

本開発項目は、2025年1月に①「小さな入力で大きな制御効果をもたらす数理構造の解明」という研究開発課題で立ち上がったものです。2025年4月には、関連研究を行っていた気象学的アプローチの課題推進者1名が本研究開発項目に異動し②「随伴演算子の高度な活用法に基づく制御に最適な摂動の導出」という研究開発課題も始まりました。
①は、数理科学の最先端の知見を簡単なシステムに適用することで、わずかな外力(摂動)が大きな変化をもたらす仕組みについて研究し、その結果を大規模で複雑な台風制御に応用することを目指す研究です。
20世紀までは一様双曲力学系と呼ばれる分野の研究が盛んに行われ、理解が進んできました。しかし、一様双曲力学系では、間欠性や階層間相互作用といった、台風の時間変化のなかで起こっているであろう数理科学的に特異的な構造を表現することはできないため、最先端の非一様双曲力学系の知見を取り込んでいく必要があります。

2024年度は、カオス性を示すエノン写像と呼ばれる数理モデルを用いた研究を行いました。その結果、局所安定多様体(時間無限大の極限で周期点に収束していく点の集合)に直交するような入力を摂動として与えることで、将来的に大きな変化が生じることが明らかとなりました(図1)。

図1
図1. 各時間での摂動の大きさ。橙色はカオス力学での平均的な伸び率をあらわすリアプノフ指数にしたがって成長した場合で青点は最も効率よく成長した場合。

②では、現実的な台風モデルへの適用可能性を特に重視して、信頼性が高く影響の大きな摂動を求める技術を開発します。これまで気象学的アプローチにおける研究の一環として行われていた随伴方程式を用いた手法(随伴法)が基礎となります。
随伴法は、台風強度やレインバンドに伴う降水量といった何らかのターゲットを決め、ターゲットに大きな影響が及ぶ物理量や場所を、一定の仮定の下で、時間的に遡って調べるためのものです。例えば、2日先の台風の中心付近の運動エネルギーを変えるために、どの領域でどの物理量に介入するのが最適なのかを調べることができます。
計算に必要なWRFと呼ばれる物理モデル、及び、随伴方程式は2023年度までに準備が完了していました。ただし、台風の数時間以上先の状態は、手法が要請する線型(入力の変化をn倍にしたら出力の変化もn倍になるという性質を持つ)の仮定が満たされないので、工夫が必要でした。
2024年度は、5kmメッシュモデルで再現された2022年の台風第14号Nanmadolの台風中心付近の運動エネルギーを対象に、線型的な変化が期待できる一時間での最適化を繰り返し、一時間ごとに水蒸気に変化を加えることによって、期待通りに強度を抑えられることが明らかになりました(図2)。ただし、非線型的な枠組みにおいては、さらに大きな変化をもたらす入力が求められる可能性があるため、非線型最適攪乱と呼ばれる手法についても着手しました。

図2
図2. 随伴法で導いた「水蒸気が台風強度に変化を与える領域」で水蒸気を増減させた場合の中心気圧(hPa)。

3. 今後の展開

先端的な数理科学の知見に基づいて、安定している方向に摂動を加えないことで、従来手法より大きな変化をもたらしうることが示されましたが、高次元で同様な構造が見られるかを確認していきます。また、台風制御のような複雑な問題に適用するために、適切な縮約や新しい計算手法の導入を考えていく必要があります。現実的な台風への随伴方程式の適用については、1kmメッシュに高解像度化した実験を行うことでさらに効果的に台風に伴うエネルギーや降水量を変化させることができると考えられます。また、非線型最適攪乱の導出にも積極的に取り組み、現状より大きな変化をもたらしうる物理量や領域を特定します。