成果概要

安全で豊かな社会を目指す台風制御研究3. 台風制御に関わるELSIの分析と検討

2022年度までの進捗状況

1.概要

台風制御技術には、実際の台風の勢力を弱めることで、防災、減災等の社会的に意義のある結果をもたらすことが期待されます(これを「社会実装」といいます)。伊勢湾台風を契機に制定された災害対策基本法(昭和36年法223号)にも、台風に対する人為的調節の防災分野での活用可能性が明記されています(8条2項9号)。
その一方で、台風制御を含む気象改変技術の多くは、これによって利益を享受する者(受益者)以外の第三者に負の影響(損失)をもたらす可能性があります。たとえば、雨量を調節することで河川Aの氾濫を防ぐことができたとしても、別の地域Bに雨が降り、結果として土砂災害が発生することが予測されるとき、台風制御技術を発動することは、倫理的に許されるのでしょうか。また、制御を行おうとした結果、予測を超えて第三者に負の影響が生じてしまった場合(すなわち「制御」に失敗した場合)、この損失は誰がどのように負担すべきなのでしょうか。

図 1 本研究開発グループの活動体制
図 1 本研究開発グループの活動体制

本研究開発グループは、台風制御技術の社会実装がもたらす倫理的(Ethical)・法的(Legal)・社会的(Social)な諸課題(Issues)について、人文・社会科学系研究者を中心に多角的な観点から研究するグループです。また、目標8およびコア研究全体のハブとして各グループ間の情報共有、用語法などの統一、課題の共有等の役割も担っています。2022年度は、ELSIに関わる個別論点の研究のほか、連携のための体制作り(図1)にも取り組みました。

2.2022年度までの成果

本研究開発プロジェクトでは、台風制御技術のELSIとして次の3つのカテゴリーを想定し、研究を進めています。
まずは、(1)環境正義・環境倫理に関わる課題です。自然現象である台風に人為的に介入することは、ありのままの自然を保存する自然の権利という発想に抵触する可能性があります。また、台風は各地に水資源をもたらす恵みでもあるため、減災vs被害だけではなく、減災vs渇水といった対立関係が生まれます。本研究開発グループでは、倫理学者と法哲学者を中心として、正義論の観点(災害や台風制御をめぐる正義/不正義とは)から問題を整理しました。
次に取り組んでいるのが、(2)法制度面の課題です。これにはさらに3つのレベルがあります(図2)。

図 2 法制度面の課題と検討の状況
図 2 法制度面の課題と検討の状況

最後に、本研究開発グループでは、(3)歴史研究、比較法等の基礎研究も進めています。まず、1960年代のアメリカにおけるハリケーン制御実験(Stormfury計画)や、これを受けた日本の気象調節研究に関する歴史分析を行いました(図3)。また、台風制御と共通点を有する活動である、人工降雨(気象改変)および気候工学(太陽放射を改変する、CO2を吸収するといった手法がある)について、各国の法規制や自主的な規制の実態等を調査し、基礎資料を提供しました。

図 3 日本における気象調節研究の歴史
図 3 日本における気象調節研究の歴史

3.今後の展開

ELSIの分析と検討には、学問領域を超えた幅広いネットワークが必要となります。今後は、他の研究開発プロジェクトにおけるELSI研究グループとの連携だけではなく、伝統的な人文・社会科学領域(法学、政治学、倫理学、社会学など)の学会でも研究発表を行うなどして、研究ネットワークの拡大に繋げていきます。また、台風関連技術の社会的な普及をめざす活動(TRCコンソーシアムなど)と協力して、台風・防災に関わるビジネス展開についても研究の対象とすることを計画しています。