成果概要

安全で豊かな社会を目指す台風制御研究[4] 台風制御に関わるELSIの分析と検討

2023年度までの進捗状況

1. 概要

台風制御技術には、実際の台風の勢力を弱めることで、防災、減災等の社会的に意義のある結果をもたらすことが期待されます(これを「社会実装」といいます)。伊勢湾台風を契機に制定された災害対策基本法(昭和36年法223号)にも、台風に対する人為的調節の防災分野での活用可能性が明記されています(8条2項9号)。
その一方で、台風制御を含む気象改変技術の多くは、これによって利益を享受する者(受益者)以外の第三者に負の影響(損失)をもたらす可能性があります。たとえば、雨量を調節することで河川Aの氾濫を防ぐことができたとしても、別の地域Bに雨が降り、結果として土砂災害が発生することが予測されるとき、台風制御技術を発動することは、倫理的に許されるのでしょうか。また、制御を行おうとした結果、予測を超えて第三者に負の影響が生じてしまった場合(つまり、「制御」に失敗した場合)、この損失は誰がどのように負担すべきなのでしょうか。
本研究開発グループは、台風制御技術の社会実装がもたらす倫理的(Ethical)・法的(Legal)・社会的(Social)な諸影響(Implications)につき、人文・社会科学系研究者を中心に多角的な観点から分析しています。また、目標8およびコア研究全体のハブとして各グループ間の情報共有、用語法などの統一、課題の共有等の役割も担っています。

2. これまでの主な成果

2023年度は、新規科学技術の社会実装に関わるELSI研究の進め方を明確にした上で(図1)、すでに明らかな論点(環境正義・環境倫理に関わる課題および法制度面の課題)に関する調査分析を深めるほか、仮想の社会実装シナリオに基づき、ケーススタディを進めました。
社会実装シナリオを通して、オペレーション段階における論点(制御を決定し発動する機関、制御の要件、実施基準、費用負担者、オペレーションの体制、効果についての評価体制、有事の場合)と、オペレーション後の補償に関する論点を整理しました。たとえば、制御の要件に関しては、被害が予想される金額を発動基準とすべきなのか(この基準によれば、経済損失の多寡によって、制御の利益を享受することができるかどうかが変わってきます)、制度設計において制御技術の不確実性に基づくリスクをどこまで許容すべきなのか、制御失敗には(a)減災効果が得られないケースと(b)受益者ではない第三者に被害が生ずるケースとが考えられ、それぞれについて責任や補償制度をどのように構築すべきなのか、といった点が検討の対象となっています。

図1 社会実装までのプロセスとELSI研究の進め方
図1 社会実装までのプロセスとELSI研究の進め方
図2 仮想の社会実装シナリオ
図2 仮想の社会実装シナリオ

2023年度は、屋外での実証実験の実施に向けた基準作りに関する検討を開始しました。1960年代のハリケーン制御実験(Project Stormfury)における実施基準(図3)、地球温暖化を抑制するための人為的介入である気候工学(ジオエンジニアリング)の実施に関する各種文書、気象改変(人工降雨や人工降雪)に関する国内法制や各種ガイドラインなどを参考に、屋外実験の実施のためのルールにおいて整備すべき項目を列挙することを進めています。

図3 ハリケーン制御実験に関する実施基準案の変遷
図3 ハリケーン制御実験に関する実施基準案の変遷

3. 今後の展開

2030年の屋外実験の実施に向けて、引き続き、実施基準案作りに向けた検討を進めます。さらに、2050年段階の社会実装の姿をデザインし、関連産業を含めたエコシステムの確立に向けた調査研究を実施する予定です。現時点では、台風を制御するための構造物(船舶や航空機)の製造・建造コストは莫大なものとなっています。しかし、洋上発電などの需要の創出によって量産化体制が整備され、規模の経済によるコストダウンを実現することができれば、産業の創出と防災という二つの社会的な便益が発生します。そのために必要な制度等について研究することを実施します。