成果概要

社会的意思決定を支援する気象-社会結合系の制御理論[B-1] 水害の複合ハザードの統合的確率予測

2023年度までの進捗状況

1. 概要

背景:
気象制御の有効性を測るためには、台風の強度がどれだけ弱くなったかといった気象学的な量の変化を見るだけでは不十分であり、気象災害の社会へのインパクトそのものが気象制御によってどのように変化したかを推定する”Impact-based forecasting”を行うことが不可欠です。Impact-based forecastingでは洪水氾濫などの水害の危険度(ハザード)を直接見積もることが重要です。
目的:
私たちの住む陸域で起こる洪水・高潮といった水害ハザードを、その不確実性の見積もりも含めて精緻に、リアルタイムに推定する技術開発を行います。
手法 (図1):
  • ① 洪水・浸水ハザードに関しては、全球陸域水動態モデルにダムや堤防といった洪水防護設備を精緻に組み込むことで、特にこれらの設備が効果を発揮する中小規模の洪水イベントの推定性能の向上を目指します。
  • ② 沿岸災害のハザード推定に関しては、統計的確率台風モデルや機械学習による流体計算の置き換えなどの技術を駆使して、高潮・高波計算とその不確実性を超高速に行う開発を行います。
図1. 研究開発テーマの全体像
図1. 研究開発テーマの全体像

2. これまでの主な成果

  • ① 洪水災害モデリングに関しては、河川区間ごとの堤防高さを自動推定する手法(図2)を開発しました。堤防・ダムの効果を考慮できる全球河川モデルを用いて、人工物の効果を考慮した広域洪水計算が可能になりました。
  • ②沿岸災害モデリングに関しては、流体計算をニューラルネットワークによる機械学習の一手法であるLong-Short Term Memory (LSTM)で置き換えた高速高潮推定手法を開発しました。またこれと確率台風モデルを組み合わせることで実際の台風事例において高潮の確率予測に成功しました(図3)。
図2. 長江における100年に1回の洪水マップ。(左上)堤防の影響を考慮しない洪水計算、(左下)堤防の影響を考慮した洪水計算、(右上&右下)二つの異なる衛星観測に基づいた浸水マップ。堤防の高さをアルゴリズムによって自動抽出し、その上で堤防の効果を適切に考慮した洪水計算を行うことで洪水氾濫の再現性が高まっていることが見て取れます。
図2. 長江における100年に1回の洪水マップ。(左上)堤防の影響を考慮しない洪水計算、(左下)堤防の影響を考慮した洪水計算、(右上&右下)二つの異なる衛星観測に基づいた浸水マップ。堤防の高さをアルゴリズムによって自動抽出し、その上で堤防の効果を適切に考慮した洪水計算を行うことで洪水氾濫の再現性が高まっていることが見て取れます。
図3. (上)2019年台風19号において、気象庁の1つの予測を確率台風モデルで1000個の予測に増幅させました。(下) 通常のモデル(赤)とLSTM(青)による高潮予測結果の比較。LSTMを用いれば流体計算とほぼ同じ結果を、たとえ予測が1000個あっても一瞬で得ることができます。
図3. (上)2019年台風19号において、気象庁の1つの予測を確率台風モデルで1000個の予測に増幅させました。(下) 通常のモデル(赤)とLSTM(青)による高潮予測結果の比較。LSTMを用いれば流体計算とほぼ同じ結果を、たとえ予測が1000個あっても一瞬で得ることができます。

3. 今後の展開

洪水災害モデリングについては人工物の影響を考慮することで中小規模の洪水から大洪水までを正確に計算できるようになりました。沿岸災害モデリングに関しても高潮を極めて高速に計算できるようになりました。これらの要素技術をフルに活用し、不確実性を含めた災害予測および気象制御がもたらす社会へのインパクト推定を進めていきます。