成果概要

社会的意思決定を支援する気象-社会結合系の制御理論3. 水害の複合ハザードの統合的確率予測

2022年度までの進捗状況

1.概要

背景:
気象制御の有効性を測るためには、台風の強度がどれだけ弱くなったかといった気象学的な量の変化を見るだけでは不十分であり、気象災害の社会へのインパクトそのものが気象制御によってどのように変化したかを推定する”Impact-based forecasting”を行うことが不可欠です。Impact-based forecastingでは洪水氾濫などの水害の危険度(ハザード)を直接見積もることが重要です。
目的:
私たちの住む陸域で起こる洪水・高潮といった水害ハザードを、その不確実性の見積もりも含めて精緻に、リアルタイムに推定する技術開発を行います。
手法 (図1):
① 洪水・浸水ハザードに関しては、全球陸域水動態モデルにダムや堤防といった洪水防護設備を精緻に組み込むことで、特にこれらの設備が効果を発揮する中小規模の洪水イベントの推定性能の向上を目指します。
② 沿岸災害のハザード推定に関しては、統計的確率台風モデルや機械学習による流体計算の置き換えなどの技術を駆使して、高潮・高波計算とその不確実性を超高速に行う開発を行います。
図1. 研究開発テーマの全体像です。
図1. 研究開発テーマの全体像です。

2.2022年度までの成果

  • ① 洪水ハザード計算に関しては、ダム操作スキームおよび堤防防護スキームを全球陸域水動態モデルに組み込むことに成功しました。このモデルを動かすには今後正確な堤防配置等のデータの整備・取得が必要ですが、米国での計算結果の解析からモデルの挙動が正しいことが確認できました(図2)。
  • ② 高潮計算の高速化のため、流体計算をニューラルネットワークによる機械学習の一手法であるLong-Short Term Memory(LSTM)で置き換えることに成功しました。流体計算を行った場合と変わらない精度の海面水位変化計算を一瞬で行うことができるようになりました(図3)。
図2. 最大年洪水(Maximum annual floods)における水位について堤防を考慮したモデルとそうでないモデルの計算結果の差を示しています。全体的に堤防があることで水が河道の外にあふれなくなるために水位が上昇していることが見て取れます。
図2. 最大年洪水(Maximum annual floods)における水位について堤防を考慮したモデルとそうでないモデルの計算結果の差を示しています。全体的に堤防があることで水が河道の外にあふれなくなるために水位が上昇していることが見て取れます。
図3. LSTMによる高潮予測性能評価結果です。(a)LSTMと数値流体計算の結果の時系列比較です。(b)様々な事例での最大高潮偏差の比較です。
図3. LSTMによる高潮予測性能評価結果です。(a)LSTMと数値流体計算の結果の時系列比較です。(b)様々な事例での最大高潮偏差の比較です。

3.今後の展開

洪水ハザード計算については、今後全球規模で客観的に河川の洪水防護施設の整備度を見積もり、2022年度に開発したモデルに組み込むことで、堤防などの存在を考慮した精緻な洪水計算の実現を目指します。
沿岸災害ハザードについては、今回の高潮のみならず高波の効果を考慮するとともに、モデルに入力する台風の情報を他の研究開発テーマと連携して精緻化させることで、正確でありながら極めて高速な沿岸災害ハザード計算を目指します。
そして両者を統合して、気象制御による複合ハザードの減災効果を確率的に見積もることが目標になります。