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超伝導体を利用した新たな環境発電機能を実証

超伝導体を利用した新たな環境発電機能を実証

図1.
実験に使用した試料と測定セットアップの模式図。ガドリニウムガリウムガーネット(GGG)基板上にYIG単結晶を成長させた試料に、MoGeをスパッタリング成膜している。MoGe膜上に、電気測定(電流(I)、電圧(V))の電極を作製した。磁場(B)はMoGe膜の面内方向に印加している。

超伝導体を利用した新たな環境発電機能を実証

図2.
MoGe超伝導薄膜に生じる電圧 (Vdc) の磁場依存性。温度(T)を一定にした状態で、MoGeの面内方向に印加した磁場 (B)を変化させると、ある磁場値において非常に鋭い電圧ピークが観測された。転移温度 (Tc)を超えると観測されなくなったことから、この電圧は、MoGeの超伝導性による電圧と考えられる。

超伝導体を利用した新たな環境発電機能を実証

図3.
MoGeに電圧が生じた温度(T)と磁場(B)の組み合わせを、MoGeの超伝導相の相図と照らし合わせた結果。電圧が生じた条件は赤い正方形で示されており、全て黄色い帯の領域内で生じていることがわかる。この黄色い帯の部分は、渦糸液体相に対応する。

環境発電とは、身の回りにある様々な“揺らぎ”から、使える電力を取り出す技術です。例えば、熱エネルギーという揺らぎを電力に変換する熱電変換素子、マイクロ波を電流へと変換するレクテナなどがあります。このような揺らぐエネルギーから電力を得るためには、一般に整流効果(注1)と呼ばれる現象が必要となります。 私たちの身近で使われているものの中で、整流効果を利用している代表的なものといえば、ダイオードが挙げられるでしょう。電子回路などに使われるダイオードは、n型半導体とp型半導体を結合させて作ります。n型半導体とp型半導体の界面では、原子スケールの長さで電気的な性質が大きく変わるため、非常に大きな電気的なバリアが形成されます。このため一方向にのみ電流が流れ、整流効果を発現することになります。 このような整流効果を生み出す仕組みは、環境発電をはじめとして現代の電子機器の核となる要素技術で、ダイオードのような人工的な構造物や、対称性を下げた材料を利用して、新たな整流素子を生み出そうとする研究が活発に行われています。

本研究では第二種超伝導体(注2)と呼ばれる物質においてに、その物質特有の状態である“渦糸”の液体状態(注3)を利用して、全く新しい整流素子を実証しました。

今回の実験では、第二種超伝導体であるモリブデンゲルマニウム(MoGe)を、磁性絶縁体イットリウム鉄ガーネット(Y3Fe5O12)基板に成膜した試料を用意しました(図1)。この試料を、一定の温度に保ちながら薄膜の面内方向に磁場を印加します。すると驚くべきことに、ある特定の磁場値において、外部からの入力が全くないにも関わらず、MoGeの面内方向に直流電圧が発生することが明らかとなりました(図2)。この直流電圧は、電磁ノイズのある測定環境では一日中安定して観測され続けました。

直流電圧が生じる温度と磁場の条件を詳細に調べると、MoGeがいわゆる渦糸液体相にあるときに電圧が生じていることがわかりました (図3)。渦糸とは第二種超伝導体特有の“欠陥”であり、超伝導体の内部に侵入する磁束線のことを指します。渦糸液体相とは、この渦糸が超伝導体内部で自由に運動できる状態になっている相です。渦糸の特徴は、試料の表面でのみ超伝導体内部へ入ったり出たりすることができ、一度試料内部に導入されると非常に安定に存在します。超伝導体が単独で熱平衡状態にあるときは、この表面から外部へ出たり入ったりする渦糸は、試料の全ての表面で一様であり、渦糸の運動に特別な向きは生じません。

今回観測された直流電圧は、磁性絶縁体であるY3Fe5O12がMoGeの片側に取り付けられていることによって生じていると解釈できます。Y3Fe5O12が付いている表面と付いていない表面とでは渦糸が超伝導体内部へ入り込むために必要になるエネルギーが異なります。そのためMoGe薄膜の面内方向に電流を流したとき、薄膜の面直方向に駆動される渦糸の量が電流の流れる向きによって異なることになります。この渦糸の流れる量の違いは超伝導の面内の電気抵抗の違いとして観測され、ダイオードと同じように、電流の向きによって電気抵抗が異なる整流効果を発揮させると考えられます。測定された直流電圧は、測定器内部にある電磁ノイズが、渦糸の量のアンバランスによって整流された結果であると解釈できるのです。

本研究は超伝導体渦糸を利用した新たな整流機能を実証しました。低温動作ながらも非常に感度の高い整流素子であり、ノイズ評価や微弱信号の検出に利用できる可能性があります。また、同様の整流機能が、渦糸の他の様々なトポロジカルな欠陥にも期待され、新たな物質機能開拓の端緒となると期待されます。

超伝導体を利用した新たな環境発電機能を実証

図1. 実験に使用した試料と測定セットアップの模式図。ガドリニウムガリウムガーネット(GGG)基板上にYIG単結晶を成長させた試料に、MoGeをスパッタリング成膜している。MoGe膜上に、電気測定(電流(I)、電圧(V))の電極を作製した。磁場(B)はMoGe膜の面内方向に印加している。

超伝導体を利用した新たな環境発電機能を実証

図2. MoGe超伝導薄膜に生じる電圧 (Vdc) の磁場依存性。温度(T)を一定にした状態で、MoGeの面内方向に印加した磁場 (B)を変化させると、ある磁場値において非常に鋭い電圧ピークが観測された。転移温度 (Tc)を超えると観測されなくなったことから、この電圧は、MoGeの超伝導性による電圧と考えられる。

超伝導体を利用した新たな環境発電機能を実証

図3. MoGeに電圧が生じた温度(T)と磁場(B)の組み合わせを、MoGeの超伝導相の相図と照らし合わせた結果。電圧が生じた条件は赤い正方形で示されており、全て黄色い帯の領域内で生じていることがわかる。この黄色い帯の部分は、渦糸液体相に対応する。

用語解説

注1)
整流効果
電流の向きによって、その流れやすさが変わる現象のこと。

注2)
第二種超伝導体
超伝導体にはある一定の磁場(臨界磁場)を超えた場合、常伝導状態に移行する第一種超伝導体と、超伝導状態を保ったまま一定の磁束線が侵入する渦糸状態を経て、常伝導状態へ移行する第二種超伝導体とがある。

注3)
渦糸液体状態
渦糸とは第二種超伝導体特有の“欠陥”であり、超伝導体の内部に侵入する磁束線のことで、この渦糸が超伝導体内部で自由に運動できる状態のことを指す。

論文情報

“Vortex rectenna powered by environmental fluctuations”
J. Lustikova, Y. Shiomi, N.Yokoi, N. Kabeya, N.Kimura, K. Ienaga, S. Kaneko, S. Okuma, S. Takahashi and Eiji Saitoh
Nature Communications
DOI:10.1038/s41467-018-07352-1

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