About This Project

イントロダクション

ERATO齊藤スピン量子整流プロジェクトは、新たなスピン科学の学理構築とその応用を目指す研究プロジェクトです。我々のプロジェクトは、スピンが持つ整流機能に着目し、さまざまなエネルギーの揺らぎから、スピンを介して仕事を取り出すことに挑戦します。ここでは当プロジェクトの研究の概要を説明いたします。

スピンとは?

スピンとは、電子が内部自由度として持ちます。この不思議な素粒子の回転は、1928年に発表されたディラックの相対論的量子論から導かれる、電子の生来の性質と理解されています。

この理論によれば、スピンはそれぞれ±?/2の角運動量を持つ、アップとダウンの二つの状態を取りうる離散的な回転と表現されます。この小さくも永続的な回転は、磁性や超伝導といった物質中で起きる種々の現象において非常に重要な役割を担っています。このスピンの振る舞いを解き明かそうと、スピン科学は活発な研究領域として知られています。

スピントロニクスの勃興

近年におけるスピン科学の発展は、スピントロニクスの勃興と言えるでしょう。

スピントロニクスでは、スピンの二つの離散的な状態をビットとして、スピンを情報のキャリアとして活用しています。スピントロニクスでは、ムーアの法則の限界を打ち破り、既存のエレクトロニクスよりもエネルギー効率の良い素子を実現しようと挑戦が続いています。

スピントロニクスの高いエネルギー効率を実現する要因の一つは、スピン流です。従来のエレクトロニクスは、電荷を情報のキャリアとして利用するため、情報を伝えるために必ずジュール熱が発生します。それに対してスピントロニクスでは、電流に代わってスピン流が情報を伝えます。スピン流はジュール熱を発生しないので、高いエネルギー効率が実現されます。このスピン流はスピントロニクスの利点を活かす鍵であり、現代のスピン科学の舞台での主役です。

スピン流の基礎物理の解明

スピン流が実際に観測される様になったころ、スピン流に関する基礎理論は全くありませんでした。電磁気学を支配するマクスウェル方程式をみると、そこにスピン流の姿はどこにもありません。齊藤教授の研究チームによる先駆的な研究によって、スピン流の基礎法則と呼ぶべき現象が発見されてきました。その基礎法則は電流の基礎法則に対応付けて考えることができます。

まず電流におけるファラデーの法則に対応して、磁化が変化するとスピン流が流れる”スピンポンピング”があります。また、電流におけるアンペールの法則に対応して、スピン流が流れると電場が発生する”逆スピンホール効果”があります。この基礎法則の確立によって、「スピンの歳差運動からスピン流を作り、そのスピン流が電圧を作り出す」という、スピンに仕事をさせるという可能性が示されました。

スピンは一方向にしか回らない

スピン流の基礎法則を探る研究は、スピンゼーベック効果という驚くべき現象の発見につながりました。スピンゼーベック効果は、熱的に励起されたランダムな運動が、スピンの歳差運動を引き起こし、この歳差運動から前述の基礎法則によって電圧が発生する現象です。一見すると熱力学の法則を破っている様に見えるこの現象を可能にしている要因の一つは、スピンが時間反転対称性を破っているからと言えます。言い換えれば、スピンが反時計回りにしか回転できないため、ランダムな外力であっても、適切な熱的非平衡を実現すれば、スピンの一方向の歳差運動だけが励起されます。

スピントロニクスからスピン整流へ

このようにスピントロニクスから始まったスピン流の研究は、非平衡系において揺らぎからエネルギーを作り出す原理を見出しました。我々のプロジェクトは、様々な系において、スピンによるエネルギーハーベストを実現することを目指しています。この新たなスピン科学「スピン量子整流」を、日本が先導する新たな学問領域として、発展させていきます。


研究設備についてみる