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新たなスピン流の担い手を発見

新たなスピン流の担い手を発見 新たなスピン流の担い手を発見

図1 上がマグノン、下がスピノンのスピン流を伝搬するイメージ図。

新たなスピン流の担い手を発見

図2.実験系の模式図。Sr2CuO3の銅原子が並ぶb方向に温度差をつけてPt膜に生じる電圧を測定する。

スピン流とは物質中の磁気の流れことで、電流に似た働きをすることが確認されています。従来スピン流はその性質から金属や磁石を中心に研究がおこなわれてきました。しかし今回、通常の金属や磁石の状態とは異なる、「スピン液体」と呼ばれる状態において、従来とは全く違うタイプのスピン流が存在することが明らかとなりました。新しいスピン流は、「スピノン」と呼ばれる特殊な状態で運ばれており、理論的には従来の限界を打ち破るほど長距離でスピン流を伝えることができます。また、スピン液体状態を利用すれば、その性質から原子スケールまでサイズダウンすることができ、これを利用して極めて小さな回路を作ることが可能であると期待されます。

スピン流には、その担い手によって様々な形態があります。磁性金属中では、スピンの方向がある一方向に偏った伝導電子がスピン流を担います。これは電子のドリフト注1)によって伝搬する流れであり、拡散型のスピン流です。一方、磁性絶縁体では、磁化の集団運動であるスピン波(マグノン)が担います。これは波動として伝搬するため、伝導電子に比べて長距離を伝搬させることが可能です。いずれの場合も、スピン流は強磁性という磁気秩序からの揺らぎによって運ばれています。それでは、スピン流の伝搬には、磁気秩序が必要なのでしょうか?
この問いに答えるために、今回注目したのは、スピン液体と呼ばれるスピン状態です。スピン液体とは、スピン同士に強い相互作用があるにもかかわらず、絶対零度でも磁気秩序を持たない系です。その典型例が、1次元スピン鎖系です。1次元のスピン鎖の基底状態では、スピン同士で“お互いの向きを知ったまま”揺らいでいます。この揺らぎに対応した励起であるスピノンが、スピン流の担い手になりえます。

今回の実験は、「磁気秩序のないスピン液体と磁気秩序がある磁性体の違いを反映して、スピノンとマグノンは互いに逆向きのスピンを運ぶはず」という予想のもとおこなわれました。試料としてスピン液体状態を示す物質であるSr2CuO3を使用しました。この物質は先行研究でスピノンが低温で存在することが明らかになっています。
Sr2CuO3の垂直な面に白金薄膜を貼り、温度勾配をつけることで、スピンゼーベック効果注2)により電圧が生じるかを測定します(図2)。その結果、試料の温度に依存してスピン流の運ぶスピンの向きが反転するということが分かりました。常磁性相である高温側では小さな正の電圧が生じている一方で、スピン液体相と考えられる低温側では大きなマイナスの電圧が生じています。この符号が変わる温度はSr2CuO3のスピン液体への転移温度とほぼ同じであるため、この負の信号がスピノンの運ぶスピン流由来の電圧であると意味しています。さらに低温で電圧がプラスに転じるのは、反強磁性転移注3)によってSr2CuO3が反強磁性体に変わったためによるもので、物質中でスピノンからマグノンにスピン流を伝送する準粒子が変わったと理解できます。また微視的な理論計算を行った結果、実験と同様の結果になることが示され、これによりスピノンはスピン流の担い手になれると結論づけました。

新たなスピン流の担い手を発見 新たなスピン流の担い手を発見

図1 上がマグノン、下がスピノンのスピン流を伝搬するイメージ図。

新たなスピン流の担い手を発見

図2.実験系の模式図。Sr2CuO3の銅原子が並ぶb方向に温度差をつけてPt膜に生じる電圧を測定する。

用語解説

注1) ドリフト
粒子が外力によって不規則な動きをしながら移動する現象。

注2) スピンゼーベック効果
磁性体に温度差を与えることによってスピン角運動量の流れ(スピン流)が生成される現象で、齊藤 英治 教授らが2008年に発見した。スピントロニクス分野において、汎用性の高いスピン流源としての応用が期待されるとともに、スピン流と垂直な方向に起電力が発生する現象(逆スピンホール効果)と組み合わせることで熱電変換素子としての応用可能性が示唆されている。

注3)反強磁性転移
磁気相転移の一つで、隣り合うスピンが、大きさは同じで逆向きに整列した反強磁性となるもの。

論文情報

「スピン流の新たな担い手を発見」
“One-dimensional spinon spin currents”
Daichi Hirobe, Masahiro Sato, Takayuki Kawamata, Yuki Shiomi, Ken-ichi Uchida, Ryo Iguchi, Yoji Koike, Sadamichi Maekawa, and Eiji Saitoh.
doi: https://doi.org/10.1038/NPHYS3895

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