Research

熱を流すと金属が磁石になる現象を発見

熱を流すと磁石になる現象の発見

図1 電子スピンの世界(一例)
(a)電子スピンと磁石の関係を表した概念図
物質内の電子スピンの回転方向が揃うことで、磁石(S極とN極)が形成される。
(b)逆スピンホール効果の概念図
スピン流が流れると、その周りに電場(電圧)が発生する

熱を流すと磁石になる現象の発見

図2 非平衡磁化の概念図
(a)磁石に接した金(Au)薄膜が、温度勾配によって磁石になる様子を表す概念図。温度が低い側から高い側に向かって温度勾配が生じる。
(b)温度勾配によって金薄膜に生じた非平衡磁化が、金薄膜を流れる電子(電流)を曲げる様子を表す概念図(非平衡異常ホール効果)。

熱を流すと磁石になる現象の発見

図3 測定用試料と測定結果(ホール電圧)
(a)測定用試料。絶縁性の磁石であるYIG上に金(Au)薄膜を載せて測定用に加工した。測定では金薄膜に対して垂直方向に外部から磁場と温度勾配を加えながら、金薄膜のホール電圧を測定した。
(b)代表的なホール電圧の信号。温度勾配がない場合(黒)とある(22.2ケルビン毎ミリメートル)場合(赤)を比較すると、磁場の大きさに比例した異常ホール電圧が観測でき、磁化が生じていることを確認した。
(c)ホール電圧と温度勾配の関係。得られた異常ホール電圧は温度勾配に比例することが確認された。

例えば鉄・コバルトなどの金属は磁石を近づけると、自身も磁石の性質をもつことができます。しかし金などもともと磁石にくっつかない金属は、たとえ磁石を近づけてもそれ自身が磁石になることはない、そう考えられてきました。しかし今回、そこに熱を流すことによって金が磁石の性質を示す、という現象を世界で初めて観測しました。

物質が磁気に反応する性質・磁性は、物質の持つ基本的な性質の1つであり、長い研究の歴史があります。磁性を持つ物質は磁性体と呼ばれ、特に自発磁化を持つ物質を磁石と呼びます。
齊藤教授らが発見したスピンゼーベック効果注1)では、磁石ではない金属の薄膜を接合した磁性体中に温度の流れ(熱非平衡状態)を作ると、磁性体中にスピンの流れ(スピン流)が伝わって接合された金属へ流れ込み、逆スピンホール効果注2)によって電圧が生じることが分かっています(図1b)。この一連の現象は、理論的には熱非平衡状態で生じる磁化(非平衡磁化)が鍵となって起こると考えられますが、これまで実験で非平衡磁化が確認されたことはありませんでした。

今回、熱非平衡磁化の観測実験のためイットリウム鉄ガーネット(YIG)という磁石の上に金(Au)薄膜を張り付けた試料を用意しました。この試料にYIG薄膜側または金薄膜側のいずれかに熱を加えると、熱は温度の高い側から低い側に流れます(図2a)。このような熱非平衡状態で、外部から磁場を加え、YIG薄膜中の磁化を垂直方向に向け、金薄膜に電流を流しました(図3a)。このとき、もし金薄膜中に磁化が生じていれば、異常ホール効果と同様の原理によって、電流と磁化の向きの両方に対して垂直な方向にホール電圧が発生すると予想しました(図2b)。異常ホール効果とは、磁石中の磁化に垂直な方向に電流を流したときに、電流の流れと磁化の向きの両方に垂直な方向に電圧(ホール電圧)が生じる現象のことを言い、磁化の発現を確かめる有用な手法の1つとなっています。
測定の結果、実際に温度勾配に比例したホール電圧が生じていることが明らかになりました(図3b、c)。このホール電圧は、外部磁場に比例して大きさが変化することから、温度勾配によって金薄膜中に磁化が生じることを示しています。つまり、磁石ではない金属中に、温度勾配によって非平衡磁化が生じることを世界で初めて証明しました。
今回観測したホール効果は、磁性体が持つ通常の磁化による異常ホール効果とは異なり、熱非平衡状態で生じた非平衡磁化によるものとして、「非平衡異常ホール効果」と命名しました。
また、非平衡異常ホール効果は、単位体積あたり100万分の1電磁単位という微小な磁化を電気信号として検出できることが分かり、これによって様々な材料における熱非平衡状態での磁化特性を評価および解明する新しい磁化測定法として利用できます。さらに、このような磁化測定法の確立による温度勾配(熱流)と磁化との関係の解明は、熱流を使ったスピントロニクスの研究を加速させ、日常生活で捨てられている熱を削減および利用する省エネ社会の発展に貢献するものと考えられます。

熱を流すと磁石になる現象の発見

図1 電子スピンの世界(一例)
(a)電子スピンと磁石の関係を表した概念図
物質内の電子スピンの回転方向が揃うことで、磁石(S極とN極)が形成される。
(b)逆スピンホール効果の概念図
スピン流が流れると、その周りに電場(電圧)が発生する

熱を流すと磁石になる現象の発見

図2 非平衡磁化の概念図
(a)磁石に接した金(Au)薄膜が、温度勾配によって磁石になる様子を表す概念図。温度が低い側から高い側に向かって温度勾配が生じる。
(b)温度勾配によって金薄膜に生じた非平衡磁化が、金薄膜を流れる電子(電流)を曲げる様子を表す概念図(非平衡異常ホール効果)。

熱を流すと磁石になる現象の発見

図3 測定用試料と測定結果(ホール電圧)
(a)測定用試料。絶縁性の磁石であるYIG上に金(Au)薄膜を載せて測定用に加工した。測定では金薄膜に対して垂直方向に外部から磁場と温度勾配を加えながら、金薄膜のホール電圧を測定した。
(b)代表的なホール電圧の信号。温度勾配がない場合(黒)とある(22.2ケルビン毎ミリメートル)場合(赤)を比較すると、磁場の大きさに比例した異常ホール電圧が観測でき、磁化が生じていることを確認した。
(c)ホール電圧と温度勾配の関係。得られた異常ホール電圧は温度勾配に比例することが確認された。

用語解説

注1)スピンゼーベック効果
磁性体に温度差を与えることによってスピン角運動量の流れ(スピン流)が生成される現象で、齊藤 英治 教授らが2008年に発見した。スピントロニクス分野において、汎用性の高いスピン流源としての応用が期待されるとともに、スピン流と垂直な方向に起電力が発生する現象(逆スピンホール効果)と組み合わせることで熱電変換素子としての応用可能性が示唆されている。

注2)逆スピンホール効果
スピン流と垂直な方向に起電力が発生する現象。電子のスピンと軌道の相互作用により上向きスピンを持った電子と下向きスピンを持った電子が互いに逆方向に散乱されることによって生じる。スピン情報と電気情報をつなぐ現象として、スピントロニクス分野で重要である。

論文情報

“Observation of temperature-gradient induced magnetization”
(温度勾配で誘起された磁化の観測)
Dazhi Hou, Z.Qiu, R.Iguchi, K.Sato, E.K.Vehstedt, K. Uchida, G.E.W.Bauer, and E.Saitoh.
Doi: https://doi.org/10.1038/NCOMMS12265

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