下條潜在脳機能プロジェクト

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研究総括 下條 信輔
(カリフォルニア工科大学 生物学部 教授)
研究期間:2004年11月~2009年10月

 

神経科学の最後の謎である「意識」、「情動」、「意思」は計測方法や仮説と研究方法を繋ぐ哲学の欠如などのために未解決のまま残されていた。しかし、近年PETやfMRIをはじめとする脳機能イメージング法の急速な発達により、心理認知機能の主観的/機能的な側面、神経生理メカニズム、計算アルゴリズムの三者を直接対応付ける学際的アプローチが可能となりつつあった。このような状況変化により、本プロジェクトでは目標を潜在的あるいは無意識下における脳機能を認知心理学的観点から理解し、「意識」、「情動」、「意思」との関係を明らかにすることとした。

そこで本プロジェクトでは意思決定研究、潜在聴覚研究、潜在感覚運動研究、嗜癖行動研究の四グループおよびその他の共同研究を通し、脳の広範囲な機能を多角的に潜在脳機能の関連で見直し、高次脳機能に及ぼす役割、メカニズムを明らかにしてきた。さらに、研究過程におけるさまざまな知見を潜在能力の開発法、医療、アート/エンターテインメント支援システムの開発などにつなげていく萌芽とすることができた。

研究成果集

A: 意思決定研究グループ

選好意思決定の潜在的基盤、特に身体の定位反応、皮質(下)の神経メカニズムについて、多くの知見を得た。

例えば、被験者は二者択一の選好意思決定の前に、無自覚の定位反応(最終的に選択する方ばかり見る)を示すこと、選好課題でない形状の特徴を問う課題では その視線の偏りは選好課題に比べ明らかに小さいこと、人の顔を対象にした選択課題におけるfMRIによる脳内部位の賦活を調べると選好課題でも形状特徴を 問う課題でも最初に選択された顔を見たときと選択されなかった顔を見たときでは側坐核の活性度に顕著な差がみられ、二回目以降に見たときではその差がなくなること(即ち第一印象の座が側坐核であるらしいこと)、被験者の視線を操作して提示することにより魅力度同等の顔写真でも6対4程度の選好バイアスをかけることができることを見出した。

意思決定におけるポストディクティブな過程に注目し、プレディクティブな過程との関係を示す独自の知見を得た。即ち、下図のように過去の選択結果の来歴から出来上がる報酬マップ(記憶)が定位反応を誘発し、瞬時に興味がある方へ目が向いたり、体が向いたりする。その定位反応により無自覚的に選好が決定され、選択行動につながる。さらにその結果が選択の正当性という後付過程を経て、報酬マップに蓄積される。

選好意思決定はこのようなダイナミックな回路として捉えるべきであり、それゆえポストディクティブな過程もプレディクティブな過程も存在し、一見報酬の無い見ることだけでも報酬となりうるのである。

意志決定過程

意思決定に関わる報酬系について、新しい知見を得た。従来、異なる品物の価値を表す脳内の座が一箇所か複数点在しているかも知られていなかったが、今回fMRI計測により種々の商品購入およびギャンブルを行うときにventromedial prefrontal cortex(腹内側前頭葉皮質)が共通して賦活し、経済的な価値の座を示す結果を得た。
(Journal of Neuroscience, Sep 30, 2009, 29(39):12315-12320)

人間が無意識的に行う同調行動を実験心理学の俎上にのせる方法として、「行動速度の感染」と「静止中の無意識的な同期」の2つの新しい実験パラダイムを考案し、研究を進めた。その過程で、
(1) 他者の行動速度は、その行動と似ていない行動を行う場合であっても、観察者の行動速度を無意識的に変化させること、
(2) 積極的に静止しようとしているときでさえ、観察者の動作が他者の動作に似てくること
などを発見した。

これらの結果は、「社会(他者)の潜在的な(ミクロな)影響」を実証したものであり、潜在的な同調行動が対人コミュニケーションの基盤となっている可能性を示唆している。

実社会で用いられているコンテンツ(例えばCMなど)を用いた集団質問紙実験を行い、個人内で新規性・親近性・選好の程度を独立に回答させる事により、そ れらの相互関係を調査した。その結果、「新奇性(新しさ)・親近性(なじみ深さ)はそれぞれほぼ独立に選好に影響を与える」という予想を支持する結果を得 るとともに、さらには再認性(見たことがあるか)は選好に弱い影響しか与えていないこと明らかとなった。これらは、実社会との共創を大きな目標とした本事 業ならではの成果の一例である。

 

B: 潜在聴覚処理研究グループ

a) 聴覚意識の形成メカニズム

同一の音列を反復呈示すると複数の聞こえ方がランダムに切り替わる。この多義的知覚現象を利用して、聴覚意識の形成メカニズムを検討した。
その結果、
(1) 従来知覚が多義的でないと考えられてきたパラメータ領域でも、長時間呈示により知覚交替が生じる
(2) 反復系列に検知閾付近のタイミングゆらぎを導入すると、知覚交替の頻度が有意に減少(知覚が安定化)する
(3) 知覚交替には、聴覚野と視床(内側膝状体)の相互作用が重要な役割を果たしている
(4) 知覚交替にはドーパミンが関与している
等が明らかになった。

b) 選好の形成メカニズム

親近性と新奇性、言い換えれば予測可能性とそこからの逸脱のバランスは、例えば音楽などの音刺激を聴取する際の面白さや快感の重要な規定要因のひとつであ り、選好形成に大きく影響する。また、選好形成は聴取者の経験とともに変化するダイナミックな過程であり、例えば特定ミュージシャンのマニアは、往々にしてますますマニアックになっていく(細かい差異に気づき、魅力を感じる)。

このような選好形成のメカニズムおよびそのダイナミクスを、予測モデルの精緻化に対する報酬という観点からモデル化した。現在モデルの実証実験を行っている。

 

C: 潜在感覚運動研究グループ

従来、運動生成のメカニズムを解き明かすため、運動計画のための計算や計画軌道を実現する運動制御の仕組みが盛んに研究されてきた。しかし近年、感覚情報 から運動応答までが極めて短時間で、しかも視覚刺激が知覚されなくても運動中に応答が発現するような現象が確認され、知覚や意思決定を介するシーケンシャルな情報処理とは別の、新たな運動生成情報処理メカニズム解明の重要性が指摘されてきた。

このような背景を基に本プロジェクトでは、近年我々が発見した「視覚運動誘導性腕応答(MFR)」という潜在的情報処理の特性解明と神経基盤の解明、潜在感覚運動制御と知覚の関係性、についての研究を精力的に推進し、
(1)視覚運動解析は、運動系と知覚系で異なっているばかりでなく、異なる運動出力系同士でも、異なっている(すなわち同じ特徴量に対して複数の情報処理系を持つ)こと、
(2)腕のリーチング運動において、ターゲットと背景の動きに対して別々の情報処理経路を持ち、また脳損傷の部位と各刺激に応じた応答のパフォーマンスに明確な相関がみられること、
(3)運動意図と一致しない潜在的な運動が生成された場合に違和感が生ずること、
などを明らかにした。

 

D: 嗜癖行動研究グループ

ラットを使い、薬物嗜癖の基礎となる神経活動を研究した。

ラットの体は、過去に麻薬を経験した場所に寄って行く。このとき海馬からリズミカルな同期脳波(シータ波)が観察された。その場所にたどり着くと、シータ波は消えて不規則な脳波に変わった。海馬のシータ波は、脳幹部の神経活動が皮質下の神経核で調節を受け、海馬に届いて発生する。シータ波には感覚と運動を統合する機能があると言われてきたが、今回それが記憶に基づく報酬の探索に重要な役割を果たしていることがわかった。

このような記憶が形成されたラットの海馬では、ドーパミンの受容体が増えていた。しかもこの増加は、麻薬を経験しただけでは起こらず、場所の記憶が形成さ れた動物だけに起こっていた。これは海馬内のドーパミン放出が増加し、新しい受容体が合成されたことを示す結果であった。

嗜癖は薬物体験の強固な記憶が形成されるために起こり、いろいろな場面でその記憶が呼び起こされるために、薬物の再使用を招く。このときラットの海馬で重 要な変化が起こっている。脳内のドーパミン神経伝達経路の中で、海馬はこれまで主役と考えられては来なかったが、今後海馬に着目した研究がますます重要になるだろう。

 

研究成果

評価・追跡調査

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