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コラム

<2> 過去の経験に頼ると危ない、という時代がやって来た

RISTEXシニアフェロー:奥和田 久美

RISTEX シニアフェロー  奥和田 久美

「サンクコストの錯覚」というのをご存じだろうか? 「このままだと、せっかく〇〇したことが無駄になる。そうしないためにも・・・」というように、再投資することで過去の埋没費用が活かされるかのように思ってしまう錯覚のことで、経済的にはまったく非合理的な行動を言う。

「サンクコストの錯覚」が頻繁に起きがちで、かつ、それが弊害になるのは、変化の向きがそれまでと変わる時である。変化率がいくら大きくても、一定方向に進んでいく高度成長期のような時代や進展著しい新興国などでは、それまでやってきたことを更に推進することはプラスに働く場合が多い。しかし、変化の向きがそれまでと変わるときには、むしろ過去の成功体験があだになる。

先進各国で、客観的根拠に基づく政策立案の必要性が叫ばれ始めたのは2000年代前半のことであったが、当時の日本ではさほど重要視されなかった。約10年も経って、日本でも「政策のための科学」の必要性が再認識され始めた理由は、明らかに、以前と同じことが続けられなくなってきたからである。


日本の総人口は、2004年をピークに、今後100年間で100年前(明治時代後半)の水準に戻っていく可能性
出典:国土交通省国土審議会長期展望委員会「国土の長期展望」中間とりまとめ(H23.2)


我々は今、有史以来経験したことのない極端な変曲点に立っている。今後の日本は急激な人口減少時期に入る。世界一の高齢化率のためにリタイア人口増加と労働人口減少とが急速に進展し、人口動態の逆ピラミッド化が起こりつつある。つまり、これからの日本では、必要な技術や物資の量がこれまでとは全く違う。長寿化と少子化の重畳というのは人類史上でも初めてだそうで、日本という国は「有史以来初の未知の世界に(into the unknown)」突入するのだそうである(The Economist, Nov. 2010)。ちなみに、東日本大震災というのは、こういうタイミングで起こった大災害だった。今後は、これまでの強みが弱点に代わり、新たな課題が次々と登場する。このような極端な変曲点にあっては、過去の経験に頼ることは、むしろ極めてリスキーな行為である。

日本の将来推計人口(2050年)

それに加えて、先進各国では2008年以降、経済状況の低迷が続いており、科学技術の成果を社会に生かしてほしいという要望はますます高まり、先進各国は悉く、科学技術政策を科学技術イノベーション政策へ転換した。つまりどの国も、科学技術の成果によって国の成長をなんとか維持してほしいのである。特に日本では従来の花形産業が国際競争力を失って、それらに代わりうる産業がまだ育っていないことが深刻である。

「科学技術イノベーション政策のための科学」は、こういう時代背景のなかで行われている公募プログラムである。単なる過去のデータの積み上げや、ある時点の市民アンケートなどが求められているわけではないことが、お分かりいただけると思う。変化の向きを正しく捉え、それに対応できる方法論が求められているのである。


<筆者プロフィール>

民間企業にて研究開発に従事したのち、2002年科学技術政策研究所に入所、2007年から同研究所科学技術動向研究センター長。現在は(独)科学技術振興機構社会技術研究開発センターシニアフェロー。北陸先端科学技術大学院大学客員教授等を兼務。工学博士。

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