感染症対策が日常化している中で、かつてないほどに「距離」というものが意識されている今。「ソーシャル・ディスタンシング」(social distancing) という視点から、生きやすい、暮らしやすい都市・社会の「距離」をデザインする。

  • 林 良嗣
    中部大学 卓越教授、持続発展・スマートシティ国際研究センター長。RInCA 研究開発プロジェクト (2020-)「Social Distancing による社会の脆弱性克服・社会的公正の回復と都市の再設計」代表。専門は国土デザイン。

社会における多様な「距離」という観点から感染症対策と都市設計を考える

プロジェクトが提案する「ソーシャル・ディスタンシング・アクション」とは、どのようなものでしょうか。

感染症対策としてのフィジカル・ディスタンシング、つまり、物理的に人と人との間隔をあけるということにとどまらず、移動のしやすさや都市・空間の設計、それらがもたらす価値や幸福度などの質的な側面まで含んだ、多様な視点からディスタンシングを考えることが重要です。私たちのプロジェクトでは、これを「ソーシャル・ディスタンシング・アクション」(Social Distancing Action)、「社会的リスクに配慮した物理的・心理的な距離を保つための行動」と定義しています。

私たちのプロジェクトでは、「感染リスクのある人との接触数」、「イベント・活動の規模」、そして金銭的・時間的・法的・心理的要素を含む「交通の一般化費用」という3つのステップに分解して、COVID-19感染リスクを客観的に評価する新しい物差しを開発しています。私たちはこれを、マラリアを運ぶ蚊に刺されて感染する場面に擬えて「モスキート仮説」と呼んでいますが、この仮説に基づいて、都市環境の中でのソーシャル・ディスタンシング・アクションとディスタンシング対策との関係を捉えようと、国内外の基礎調査を進めています。いくつかのCOVID-19対策について、「移動」、「活動場」、「自己防御」の3つの観点で、感染リスクとディスタンシング対策との関係を考えてみましょう。
まず、人々の「移動」そのものの行動を制御する対策について、これは国レベルで取り組まれていることが多いですが、ロックダウンや在宅勤務の奨励などが該当します。ロックダウンや緊急事態宣言、学校閉鎖などは法的・心理的に移動コストを高め、移動や活動の量・規模を小さくする作用があります。同じように、GoToトラベルキャンペーンなどは経済的な移動コストを小さくすることで、距離や時間といったコストを小さく、つまり心理的に距離や時間を縮め、移動・活動量を大きくする作用があると言えます。
次に、移動した先の「活動場」の対策です。これは、例えば飲食店や観光施設の営業自粛要請などによって場の提供者に作用するものですが、近隣住民が多い飲食街なのか、遠方からの来訪者が多い観光地なのか、屋内か屋外か、それぞれの規模や密度などによっても、接触数などの感染リスクとその対策は大きく変わります。
最後は一人ひとりの「自己防御」で、マスクの着用や手指衛生への配慮、密を避けて人との距離を保つ、などですね。これら3つの要素が相互作用して感染症リスクは変動しますから、それぞれに対して、行動・意識を変容させるべく働きかける対策が必要です。

社会のひずみを捉え、エビデンスに基づいて対策すること

しかし、ディスタンシング対策にはそれぞれ正負の作用があるため、その影響と効果について見極めなければなりません。ロックダウンや営業自粛要請に伴う運輸業や観光業、飲食業などへの影響は報道でもよく取り上げられますが、これらマクロの見方だけでは不十分です。
これまでの私たちの調査結果から、例えば、同じ移動や滞在であっても、その目的によって「密度」への許容度が変化していることが分かってきました。通学や出勤のための移動や滞在よりも、プライベートな目的の移動・滞在時のほうが、密であることへの忌避感が高まっていて、移動に対する欲求とディスタンシングに対する制約との関係性が見てとれます。また、年齢や就業状況、所得レベル、家族構成などの社会的立場や属性によっても、外出率や日常のコミュニケーション環境の変化に明らかな差が生じていることが分かってきました。そして、感染症リスクやディスタンシングに対する人々の意識・行動の変化のトリガーとなる重要なもののひとつに、情報や社会、他者、コミュニティに対する「信頼」の大きさが影響している可能性が見えてきつつあります。
人々の行動や、日常の変化に対する感情、リスクに対する意識など、質的な観点を含めて影響評価を行うことが、社会的正義としての公正さをもった政策や都市のあり方を考えることにつながると思います。ここで大切なことは、社会のひずみもしっかりと捉えることです。主観だけではなく、人々の行動・滞在の追跡ビッグデータを見ると、エビデンスが浮かび上がってきて、より的確に対策を考えることができます。一方で、国全体の経済規模やGDPなどの指標だけでなく、個々人のQOL(Quality of Life : 生活の質)の変化の視点から評価する方法も開発しています。

ディスタンシング対策の負の作用を克服する、都市における「距離」とは

今のCOVID-19のディスタンシング対策は、現代の都市空間においては、社会のひずみを生じさせてしまうことが明らかとなってきました。都市を「歩いて行ける小さな範囲の場所」として再デザインすることは、有効な対策のひとつであると考えています。
日本でも、江戸時代など移動革命が起こる前は近場で生活のすべてが事足りていましたが、現代の都市は、近隣だけで暮らしが完結するようには造られていません。モビリティの発達に伴い、仕事やショッピング、レクリエーションといったニーズを満たす都市機能は分散化しており、それぞれ別の場所に移動をすることが前提になっています。
これに対して、アメリカには、100年前から「ネイバーフッド・ユニット」という都市計画の考え方があります。ドイツの「中心地理論」に基づく都市の階層化された役割分担と交通インフラネットワーク形成、最近では、パリ市が宣言している、徒歩や自転車で生活に必要なアクセスが確保される「15分シティ構想」なども共通する概念ですね。日本では「近隣住区」と訳されていますが、そうした小さな範囲で、仕事、医療、ショッピングなどへのアクセスが確保できる都市設計が、感染症対策としても改めて重要だと考えています。そうすれば、感染の拡大状況に応じてロックダウンなどの移動制限が生じても、近隣だけである程度経済活動を維持することが可能になります。また、その近隣住区の中にあって都市機能の一部でもある歩道や水辺などのオープンスペースが、緊急事態下では憩いの場ともなることは、世界中、コロナ下の都市で再発見されたのではないでしょうか。

ニューノーマルとしてのリバーシブル・シティへ

今はCOVID-19パンデミックに直面していますが、地震や異常気象といった自然災害、人口減少、経済的な持続可能性なども含め、さまざまなリスクにしなやかに備える力をもった、危機に強い都市・コミュニティづくりが重要です。しかし、あるべき形に都市を再設計するためには、予算も必要ですし、実現までに長い時間がかかります。リスクに備えるための議論を、危機感のあるうちにしっかり行っておく必要があります。また、今回のCOVID-19対策へ特化しすぎた都市設計にならないようにすることも重要です。危機のたびに都市をつくり替えるわけにはいきませんし、平常時のQOLが極端に下がるような設計も問題です。平常時と非常時、両方の視点を持って設計されなければなりません。これを、私は「リバーシブル・シティ」と呼んでいます。つまり、災害やパンデミックなどの極端な外力に対応でき、さらにそこから平常時の使い方に戻せるレジリエンスを持ったリバーシブルな都市、それこそが持続可能な都市だと考えます。COVID-19パンデミックに直面した今こそ、ニューノーマルとしてのリバーシブルな都市・社会のあり方を議論するべきです。

プロジェクトの今後の展開可能性について教えてください。

このプロジェクトを開始してまだ半年ですが、集約・分析したデータなどをとりまとめ、世界に発信していくことに注力しています。例えば、感染症とディスタンシング政策に関わる30か国以上の多様な研究者の知を結集し、歴史に学び、海外の教訓に学びながら、COVID-19に直面している「いま」をエビデンスとともに切り取る、世界初のハンドブックを編纂中です。編纂にあたっては「100年後の世代のために」という言葉がキーコンセプトになっているのですが、今まさに、世界が必要としている知見でもあると思います。私たちのプロジェクトが持っている国際ネットワークを活かし、海外も巻き込みながら、各国と日本の考え方の違い、そして一人ひとりのQOLとしてそれぞれ大事にしている価値や重みの違いなども明らかにしていきたいと思います。
COVID-19に立ち向かうためのディスタンシングがもたらした負の側面もしっかりと見つめ、社会的公正を回復する、ニューノーマルとしての社会・都市の再設計を考えていきたいですね。


*本稿は2021年2月19日に行ったインタビューに基づいています。

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