コロナ禍にあって、SNSを含むメディア空間では専門知をめぐるさまざまな議論が飛び交っている。現代日本のメディア空間において、専門家はどのように振る舞うべきなのか。メディア分析を通じて望ましい専門知のあり方を探求する、田中幹人氏と対話する。

  • 田中 幹人
    早稲田大学 政治経済学術院 教授。RInCA 研究開発プロジェクト(2020-)「現代メディア空間におけるELSI構築と専門知の介入」代表。専門は科学技術社会論、ジャーナリズム論、計算社会科学。

メディア空間におけるELSI議論と専門知の関係

取り組まれているプロジェクトについて教えてください。

日本社会のメディア空間において、科学技術に関するELSI(倫理的・法的・社会的課題)が形成されるメカニズムを探求しています。今はとくに、COVID-19関連の議論形成を中心に分析しています。また、その議論に専門知がどのように介入していくべきかということを、メディア分析の結果を踏まえて検討しています。
その検討の際、「私たちはどのような社会に生きたいのか」という問いを立てることが重要で、そうした社会を実現するための意思決定のあり方や、専門知の関与の仕方といったものを考えています。これは、科学技術社会論やリスクコミュニケーションの本義と考えます。そのために、市民対話、アンケート調査、ソーシャルメディアリスニングなど、実践から経験分析までさまざまな手法を使って、柔軟な視点で「今」を分析していく、というスタンスで取り組んでいます。

ソーシャルメディアの時代、どこで・誰の声を・どう汲み上げるべきか

マスメディアの時代であった20世紀に比べると、ゼロ年代から現在に至るまではソーシャルメディアが勃興してきた時代であり、どこで、誰の話を聞けばいいのかといったことが分かりにくくなっています。その中で、メディアがどのような作用をしうるのか、またどのように科学技術の問題に対処していくのか。メディア空間の中で醸成された科学技術を取り巻く問題のイメージは、社会の中でどのように共有されていくのか。これらのことをつぶさに捉えていく必要があると考えています。
従来の〈権力 vs. 批判理論〉のような単純な意見構造の形式が崩れていく中で、誰の言葉を聞くのかという問題は、本当に難しくなっています。最近では、ソーシャルメディアで表明されている意見が、極化した両極の意見である傾向が高いことが、広く知られるようになってきました。COVID-19のワクチンの議論も同様で、ワクチン接種の是非論に健全な懐疑的態度を取っている人々もいますが、その存在は見えにくく、サイレントマジョリティだと言えます。そうした、ソーシャルメディア上で明白な形を成していないマイノリティやサイレントマジョリティの意見を、どうしたら汲み上げることができるのか。これは極めて挑戦的な課題です。
私たちのチームは、量的な研究と質的な研究の両方のアプローチをとっています。「定量的」と言うと客観的だというイメージを持ちがちですが、決してそうではない。量的に取りやすいのは基本的には多数の意見であり、マジョリティとしてすでに形成されているものが、優先的に取り出されてきてしまうのです。そこで、量だけでなく質的な分析が必要になるのですが、いわゆる「マイノリティ」の声を代弁しているものが本当にマイノリティのものなのか、という問題も生じてきます。勝手にフレーミングし、勝手にマイノリティを代弁しているような声を拾い上げてしまっては困ります。科学技術と社会の関係を論じる上で、どのように適切にマイノリティの意見を抽出するのか。これは、ソーシャルメディア時代の重要なELSIのテーマです。

COVID-19をめぐるソーシャルメディア上の議論から、新たな気づきはありましたか。

たとえば、ワクチンの議論について、ソーシャルメディア上では、ワクチン忌避者に対する批判が強いというところが興味深い点です。ワクチン懐疑派の人たちによる議論はそれなりにありますが、実際にはワクチンを嫌がる人たちを叩く勢いの方がはるかに強い意見構造にあります。
日本社会は、過去のワクチン訴訟の経験などから、副反応のリスクに対する反発が強く出るかと予想しましたが、実際にはそうでもない。冷静に、様子見をしている。むしろ「ワクチンを嫌がったり、デマを流す人がいるだろう」といった決めつけの議論が目立ち、先回りして怒っている専門家やメディアが多いと感じています。
また、いろいろなソーシャルメディアがありますが、さまざまに特徴があります。たとえば、政府やメディア論者は、もっと若者向けにInstagramやTikTokで発信すべきだと言いますが、実際には、それらのSNSでは誰もコロナの話などしていません。そういう場ではないのです。一見すると若者がTikTokやLINEやYouTubeを観ているように見えても、チャンネル自体が非常に細分化されているので、そもそも「若者がいる所」という固定化された場所は、おそらく存在しないのです。情報発信のターゲッティングは、とても難しくなっています。

望ましい専門家の役割、科学的助言の仕組みとは

2020年4月、厚生労働省COVID-19クラスター対策班から「なにも対策しなければ42万人死亡」というシミュレーション結果が出され、大きな議論が巻き起こりました。それに対して、事後に「ほら外れたじゃないか」と強い非難もあり、市民からは「予測した専門家はどうやって責任を取るんだ」という質問がきて、中には脅迫状のようなものも届いています。しかし、それぞれの専門性に基づく科学的助言に対して、集合的な意思決定の結果の責任まで問うてしまうと、専門家の取り得る選択肢は、「何も言わない」「予想などすべきではない」ということになってしまいます。しかし、それでは専門家、専門知のあり方として、パブリック・アカウンタビリティを果たしているとは言えません。このジレンマをどう解消するのかは重要な問題です。
参照できる海外の仕組みとして、私たちは元々、イギリスの科学助言システムを参考にしてはどうかと考えていました。イギリス型は、歴史的背景に基づくエリーティシズムとサロン主義が融合した、独立性・第三者性の高い専門家助言の仕組みが発達してきています。もちろんそれが唯一の最適解というわけではないのですが、少なくとも日本の社会・文化に合うのではないかと感じていたのです。ところが、今回のCOVID-19パンデミックに対して、イギリスの科学助言システムはあまりうまくいっていないのが実情です。市民の行動変容を促進するべく、ナッジを推し進めすぎているというのも、うまくいっていない原因かもしれません。
一方で、アメリカの科学助言システムも今はスムーズには機能していませんが、アメリカの場合は、「誰が悪い」という議論は主目的ではなく、同じことを繰り返さないことに主眼を置いています。「この人はこういう判断ミスをした」「この人には責任があった」ということが確認されるとしても、判断ミスが起こる状況や、同じミスを今後起こさせないシステムづくりに議論が向かいます。
日本の場合は、このCOVID-19パンデミック下においても、個人に対する責任の追及、いわば人身御供に捧げる人を社会全体で探すような議論が白熱してしまう状況が多くみられます。予測した専門家が責められてしまう社会であり、市民社会においても、感染した人が責められるような状況です。このような状況は緩和していかなければなりませんが、どうしたらよいか、その明快な答えを、私たちはまだ持ち合わせていません。専門家が専門的助言を提供する行為に対して、単純に免責するのでは駄目だし、そもそも免責のしくみ自体、どのようにしたら日本社会でつくることができるのか。たとえば、先ほどのシミュレーションを提示した専門家に関して、「彼は日本のためを思ってやってくれた英雄だ」と言い返す主張もありますが、英雄を作って悪党を作るというような話ではないのです。助言として提供される専門知のあり方、専門家の役割をどのように捉え、社会としてどのように意思決定するのか、冷静な議論が必要です。

コロナ禍の今を見つめて、プロジェクトの今後の展望をお聞かせください。

日本社会にとっての専門家助言はどうあるべきか、ということにひとつの道筋をつけることも、私たちのプロジェクトの大きな目標です。
2020年の1年を振り返っても、コロナ感染者数の数字が下がると一息ついて、倫理的議論をしなくなってしまう。そういう時こそ先回りして、ELSIの議論をすることがポイントだと思っています。本質的議論は状況が落ち着いている時にしかできないと思います。COVID-19のみならず、大規模な自然災害なども含め日本社会が大きなハザードに直面するたび、繰り返し議題にのぼりながら、のど元過ぎると放置されてしまっているのは、日本社会が持つべき専門家の役割、科学的助言のしくみとは何なのか、という議論です。私たちのプロジェクトはメディア空間における議論を研究対象としていますが、どうしても今のメディアは、政局分析のような報道に偏りがちで、なかなか未来のシステムづくりの議論をする場になっていかない。「どのように社会で知識を使っていくのか」「どのような社会が理想なのか」という根本的な問いは、まだまだ議論されていない。
日本型の科学助言システムについて、より集中して考えるべき時だと思っています。日本型の、不確実性との付き合い方、専門家による科学的助言のあり方に資するデータ収集や、メディア空間における市民の感情的反応への対処など、COVID-19下の「今」をひとつの重要なテーマとして、渦中に飛び込んで取り組んでいきたいと思っています。


*本稿は2021年2月12日に行ったインタビューに基づいています。

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