• 原山 優子 東北大学 名誉教授(高等教育論、科学技術政策、イノベーション論)

調べ物をする際にまずはサーチエンジンでチェックする、ネットに溢れるターゲッティング広告につられて時折ボタンをクリックしてしまう、ピンポイントで天気予報を確認する、このような行動様式が当たり前になって久しいが、連日のごとく人工知能(AI)の話題を耳にするようになったのはつい最近のことである。

便利さの裏には膨大なデータ、それを処理するコンピューターの計算能力、そしてそれを操るAIが潜んでおり、これまでも無意識のうちに、いわば受動的にAIを活用してきたわけだが、生成AIの台頭によりAIは個人自ら能動的に使うものへと認識が変化した。

また、AIの持つポテンシャル、潜在的あるいは未知のリスク、そして社会にもたらすインパクトなどは、これまで専門家の間で議論するテーマであったのに対して、今は一般市民も物申す対象になったことも注目に値する。

他の技術に比べ、より二面性が色濃く出るのがAIであり、社会のあり方、人々の暮らし、そして人と人との関係性をも破壊的に変革させるポテンシャルを持つことから、開発者には技術的側面に留まることなく、技術が社会に与える影響について責任が問われる可能性が出てくる。そして、政府には、先端技術としてのAIへの投資、更には社会への浸透を前提とするAIガバナンスのあり方の検討、安全性、公正性、プライバシーの担保、倫理的課題への配慮など多岐にわたる対応、所謂AIの枠組み作りが求められる。

このような社会的要請に対して、2010年代後半から主要国において、また地域的・国際的枠組みの中で議論が活発に行われるようになった。

日本においては、倫理・法律・経済・教育・社会面の論点を整理した「人工知能と人間社会に関する懇談会」の報告書(2017)を皮切りに、2019年には「人間中心のAI 社会原則」が策定され、2023年のG7デジタル大臣会合では「AIガバナンスのグローバルな相互運用性を促進等するためのアクションプラン」を合意するに至った。

OECDにおいては「人間中心」を主軸とするAI原則(2019)が策定された。日本もメンバー国として深く関わり、その実装を支援するAIガバナンス作業部会(AIGO)にも参画している。またUNESCOでは「AI倫理勧告」(2021)が採択されたが、ここでも日本は起草に参画した。

ほぼ時を同じくして欧州連合はAIのハイレベル専門家グループ(2018)を設置し、AIアライアンスという政策対話の場も活用しつつ、AIに関わる政策の方向性を示す「信頼できる AI のための倫理ガイドライン」(2019)を策定するに至った。同様に「人間中心」を掲げており、またここでの議論は、欧州委員会が策定したAI戦略、先月欧州議会で採択されたAI法の布石になったことは言うまでもない。

AIの影響は世界規模で瞬時に拡散し、また「人間中心」には多様な解釈が混在することから、AIガバナンスの視点から国際協調は欠かせない。されど、AIを取り巻く世界の流れを概観すると、法的枠組みを重視する欧州連合対民間の自主性を尊重する米国、法的拘束力を持つハードロウ対自主的行動を促すソフトロウなど二項対立の議論が表面化している。

2023年6月現在、このような背景の中、立ち位置の違いを乗り越える試みがあることを記して本エッセイの締めくくりとする。それは、欧州評議会が主導する人権・民主主義・法の支配に基づくAI条約策定に向けた交渉を司る「AIに関する委員会」のアプローチである。欧州連合加盟国ではないスイスの代表が議長を務め、46メンバー国の代表者にオブザーバー国の米・加・英・日・イスラエルの代表者が加わり起草の作業が進められている。基本となる原則の合意を目指しつつも、各国が置かれる法的枠組みの違いに配慮し、また条約採択後に締約国の輪を広げていくことも念頭に、適用範囲に関しては一定の裁量を締約国に与えるというスタンスを取り、歩み寄りを促している。今後の進展に注目していきたい。

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