• 西川 信太郎 株式会社グローカリンク 取締役 / 日本たばこ産業株式会社 D-LAB ディレクター(事業コンサルティング、IT戦略、新規事業開発、ベンチャー投資)

ELSI/RRI(Ethical, Legal and Social Implications/Issues;倫理的・法制度的・社会的課題 / Responsible Research and Innovation; 責任ある研究・イノベーション)と聞いて、どれほどのビジネスパーソンがその意味を理解するでしょうか? 私自身も、ELSIプログラムの立ち上げの際にELSI/RRIと聞いた際に、その意味がわからず、多くの疑問が浮かびました。本プログラム開始以降、ELSI/RRIと向き合ってきましたが、2023年現在、ELSI/RRIの理解は企業のR&D部門の一部やコンサルティング企業の一部にとどまり、企業全体にELSI/RRIという言葉の理解が浸透しているとは言いがたい状況です。

このような中、ELSI/RRIを企業がどのように認識しているか、また、認識していない場合、どのようにコミュニケーションを取るかについては、研究者も手探り状態であり、研究者の中には、企業がELSI/RRIを事業にブレーキをかけるためのルールや規制として捉えていると考え、産学の対話でやや慎重になっているケースもあるようです。

RInCAは、科学技術が人や社会と調和しながら、持続的に新たな価値を創出する社会の実現を目指す、イノベーション志向の研究開発プログラムです。研究開発現場において、企業を含めた多様なメンバーの共創を進めることが重要な論点とされています。しかし、ELSI/RRIにおける企業・研究者間のコミュニケーションを観察していると、やや一方通行なコミュニケーションもあり、双方のコミュニケーションが価値創造に必ずしも貢献しない場合もあるのではないかと考えます。

では、どのようにすれば共創を進めることができるでしょうか?

非常に単純ではありますが、プロジェクトに携わるメンバーが共通目標を持つことが多分野共創において重要となります。

ELSI/RRIにおけるプロジェクトを進めるうえで、「ルール形成を通じた社会課題解決」と「グローバルでの競争優位性の獲得」がひとつの共通目標となり得るのではないでしょうか?

ルール形成については、既に多くの文献や記事で語られていますが、経済産業省では、社会課題解決を新しいビジネスの機会と捉え、ルールメイキングを活用し、新たな市場を形成する力を「市場形成力」と定義しています。市場形成には、アジェンダ構想力、社会課題解決力、ルール形成力が必要だと述べられており、例えば、欧州では、環境保護、食品安全、プライバシー保護等において、実質的な国際規定・ガイドラインづくりがなされ、先行者利益に繋がり、それらは「ブリュッセル効果」と呼ばれることもあります。私が携わる欧州NGOでも同様のアプローチで国際的なルール形成を志向しています。

欧州と日本では前提や状況が異なるため、欧州と同じ取り組みが有効かどうか、また、ルール形成において、どのようなルール(規制・基準、国際標準、民間認証・ガイドライン)が有効であるかは、対象とする科学技術や業界・業種によって慎重な議論が必要となるでしょう。

しかし、ELSI/RRI課題を通じ、我々がどのような価値の実現を目指しているか、中長期的に我々日本が、どのように国際競争力を高めていくかなどの抽象度の高い論点と、新興科学技術がもたらすELSIの課題という具体的論点について、アカデミア・企業など多分野のプロジェクトメンバーが抽象と具象の論点の行き来することで、これまでより深いレベルで共創を進展させることができるのではないでしょうか。

また、ELSI/RRIの多分野における熟議を進めるためには、上記に加え、教育や啓発活動が欠かせないと考えます。大学や研究機関、企業などが協力して、研究者、特に今後はビジネスパーソンに対してELSI/RRIに関する知識や意識を向上させる取り組みが必要だと考えます。これらひとつひとつの活動の積み重ねにより、より多くの人々が共創できる社会が実現することを強く望みます。

市場形成力指標

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