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【鼎談記事】「マルトリ予防」と「とも育て」ってなんだろう?―脳科学から育むミライ

2021年03月15日


「マルトリ(マルトリートメント)」
は、どの家庭でも起こり得る「大人から子どもへの避けたいかかわり」のことで、子どもの健全な脳の発達を妨げるといわれています。支援者のみならず一般市民が「マルトリ」を理解し、親だけでなく地域や社会が子育てを支援していく「とも育て」を普及することで、安全な暮らしを構築したい。このような思いで福井大学の友田明美さんたちは、養育者支援プロジェクトに取り組んできました。

「安全な暮らしをつくる新しい公/私空間の構築」研究開発領域で、このプロジェクトを長年みてきた、領域総括の山田肇さん、領域アドバイザーの石井光太さんと吉田恒雄さんにお話しをうかがいました。

「安全な暮らしをつくる新しい公/私空間の構築」とは

山田:世帯の規模がどんどん縮小して、"私"の空間が閉ざされるようになってきました。その"私"空間の中で苦しんだり、悩んだりしている人たちを、どうしたら社会は助けることができるのでしょうか。この問題意識をもとに「安全な暮らしをつくる新しい公/私空間の構築」研究開発領域(PDF:1.26MB)が2015年に開始されました。この領域では、支援が必要な人と、支援が可能な機能をどうしたら橋渡し出来るかということに取り組んでいます。

友田さんは養育者を支援することによって児童虐待を防ぐというプロジェクトを進めています。もしこれが自然科学の研究であれば「不適切な子育てで、マルトリートメントを受けた子どもの脳が変形しました」それでおしまいになるかもしれない。しかし、私たちが取り組んでいるところは「社会技術研究開発センター(RISTEX)」といいます。ここでは研究で得られた科学的知見(エビデンス)を社会の人びとに知っていただき、それを知識として子育てを助ける、そういう社会での取り組みにつなげるということを進めようとしています。

友田さんの養育者支援プロジェクトとは何でしょうか

吉田:児童虐待をめぐっては、児童相談所の相談対応件数が増加したり、重大な事件が頻発したりしています。これを受けて、体罰禁止の法改正が行われ、また、児童相談所その他の機関を充実する取り組みが積極的に行われています。そうした施策により、虐待する親から子どもをどう保護するかという面ではかなり進んできておりますが、それと同時に、またそれ以上に大事なのは、そもそも虐待を生じさせないということです。そのためには友田さんの研究にある脳科学、これに基づいたエビデンスが得られたということが、重要なことだと思います。

山田:友田さんは大阪の自治体の方々と協力して、研究成果が社会の中で利用されていくことを目指しています。例えば、母子保健、児童福祉、精神保健を担当する職員がみんな「とも育て」について理解して、それをもとにして、それぞれのご家庭に対応するというようなシステムをつくろうとしています。一緒に開発した研修・啓発資材が全国で使っていただけるように、普及の仕組み作りにも取り組んでいます。

「マルトリ予防」「とも育て」についてどう思いますか

吉田:虐待されている子どもを救うことは大切ですが、そこに至る前の段階、子どもの傷が深くなる前に、その家庭、その子どもを支援していくというその姿勢が大事なんですね。私は「オレンジリボン運動」という活動をしていますが、その中で常に言っているのは、虐待というのは特別な家庭で特別な親だけがやるものではない、ごく普通の親でも条件が重なると虐待に至ってしまうんですよ、ということです。重大な虐待だけが子どもに害を及ぼすものではないという点で「マルトリ予防」というのは意義があることだと思います。

石井:虐待問題の難しいところは、親自身がいろんな問題を抱えているケースが多いということです。親に知的障害や発達障害がある、配偶者から暴力を受けている、精神疾患で心のバランスを保てない、経済的に困窮している、ある事情から行政に助けを求められない......。こうなると、親が子どもを愛していても、適切な養育をすることができません。独力では限界がある。その時に必要なのが社会や周囲の人々の支援、つまり「とも育て」です。そのためには、社会全体がなぜ虐待が起きているのか、それが子供に与える影響とは何か、放置すればどんな社会的不利益が生じるのかを知らなければなりません。社会全体で子育てをする意義とは、社会を守り、健全化することなのです。

「とも育て」のために、私たちに何ができるでしょうか

石井:世の中には「難しいことは専門家に任せればいい」という考えがあります。しかし、問題が起きてからでは遅いですし、専門家の持つ時間や能力には限界があります。社会として「とも育て」をすることで問題の発生を予防し、専門家が手の届かないところを埋める努力をするべきです。支援を難しく考え、他人に介入するのを怖がる人がいますが、困っている人は無視されることの方が怖いのです。彼らは人がいてくれるだけで楽になるし、逆に彼らの方からその人の特性や能力を見抜いて「これをお願い」と頼ってくることもある。「いる」ということ自体が支援になるし、すべてはそこからはじまるのです。まずは見て見ぬふりをせず傍にいることが大切だと思います。

吉田:虐待を防ぐためには様々な人のサポートが必要で、専門家もいれば公的な機関もある、そして近隣の人もいます。ただ、近隣の人は権限もないし、専門知識はない。でも温かく見守るということは出来るし、それは専門家でない方がいいでしょう。そういう意味で「とも育て」に近隣の人が果たす役割は非常に大きい。「私に何ができるでしょうか」というときには、子ども・子育てを優しく見守る、そしてさらに一歩踏みこんで、ほんの小さなお手伝いというのも出来ますよということなんです。ところが今は残念なことに、子どもが少し騒ぐと叱られたり、むしろ親を追い詰めるような風潮がある。これを変えていかなきゃいけないでしょう。子ども・子育てに優しい社会をつくることが寛容な社会、そして虐待のない社会につながっていくと思います。

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