2021.07.16

対談「AIと雇用の関係とは?」

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「AIが人間の仕事を奪う」とささやかれるなか、実際の労働はどう変化し、どんな影響を及ぼすのでしょうか。労働経済学を専門とし、それぞれAI技術が労働環境や雇用に与える影響を研究する山本勲氏と川口大司氏に話を伺いました。

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山本勲
慶應義塾大学商学部 教授
HITE「人と新しい技術の協働タスクモデル:労働市場へのインパクト評価」

川口大司
東京大学大学院経済学研究科 教授
HITE「人と新しい技術の協働タスクモデル:労働市場へのインパクト評価」

Writer:高橋未玲/Photo:牧口英樹

─おふたりの研究活動とHITEにおける研究内容についてご教示ください。

山本勲(以下、山本):労働を専門とする経済学の一分野で、「労働経済学」を専門としています。これまで企業や労働者のデータを活用しながら働き方の現状と課題について研究してきましたが、昨今はAIなどの新しいテクノロジーが労働市場に様々な影響を及ぼす可能性について注目しています。新しいテクノロジーは多くの雇用を奪うのではないかと比較的ネガティブな方面ばかりが強調されやすいですが、私はプラスの影響も考慮して総合的に何が起きるかを客観的に見ていくべきだと考え、HITEでは人とAIの協働モデルにまつわる研究プロジェクトを立ち上げました。

川口大司(以下、川口):私も専門は労働経済学で、特に教育と格差にフォーカスし、最終学歴が大学卒業と高校卒業でどれほどの賃金格差が推移してきたかなどを研究してきました。HITEでは、今後AIなどの技術進歩によって労働はどのように代替され、また補完されるのかにまつわる研究を始めています。特に私が注力しているのは、ロボットの雇用に与える影響についての研究です。

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「AIが人の仕事を代替する」説の実態

─あと15年でAIが従来の仕事の47%を代替するという予測データ*1 などが発表されていますが、実際はどうなのでしょうか。お二人の見解を教えてください。

川口:ロボットもAIも、仕事の一部が自動化されるという意味では共通した問題です。AIが問題視され始めたのはごく最近ですから、今後の予測をするにもデータが不足しています。そこで問題のメタレベルを上げて、かつて機械による自動化が雇用にどんな影響を与えてきたのかを過去のデータから振り返る研究を進めています。そこでの教訓をもとに、今後AIや新たなロボットによって自動化が促進された際、どんな影響が生まれうるかを考えたいと思いました。

山本:そもそも「AIが雇用を奪う」という議論の始まりは、2013年にオックスフォード大学の研究者カール・フレイとマイケル・オズボーンが出したディスカッション・ペーパー*2 が非常にセンセーショナルに広まったことがきっかけでした。ただこの論点は、失われる仕事の部分だけにフォーカスしてしまっています。まず47%という数値の算出にも多くの課題があり、実際にOECDの研究者による推計では、仕事が代替される率は10%前後になるとも言われています。
 何よりも、AIが雇用に与えるポジティブな側面、たとえば新たな雇用の創出や労働環境の変化などがまったく言及されていないのも問題です。特に今後変化しうる仕事の「質」の部分はもっと着目すべきでしょう。人間にとってストレスフルな単純作業は機械で自動化させ、人間はより創造性を活かせる仕事に専念できるはずです。実際、RISTEXで実施したアンケート調査結果でもAIを活用している職場のほうが、仕事に感じるやりがいが高いという結果が出てきています。こうしたAIと仕事とウェルビーイングの関係はもっと語られるべきだと思っています。

─積極的にAIを導入できる企業もあれば、旧態依然とした企業もあるなかで、今後はますますAIを活用できるか否かに関するリテラシー格差が生じるとも考えられますよね。

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川口:技術進歩に伴い、仕事のあり方が変化するのは必至の流れです。例えば第二次世界大戦直後、国内就業者の半数の仕事は農業でした。そこから高度経済成長期に入り、農業従事者の多くが製造業に転向したのは皆さんご存知の通りですが、今は製造業も下火となり、日本の就業人口の約6,700万人のうち、製造業は約1,100万人です。
 一般論として、学歴が高い方が新しい技術に適応しやすいだろうと言われています。日本は農業から製造業へのシフトによって産業構造ががらりと変化しましたが、求められる技術水準の高度化にともなって、大学進学者が増えました。そのため格差が拡大してこなかったという歴史があります。しかし、今は世界が製造業から情報産業にシフトするなかで、AIなどの新技術がもたらす影響はまだ未知数です。AIが一部の人しか使いこなせない技術になってしまうと、ますます格差は拡大するでしょう。

山本:一方で、未だに単純作業を主とする企業や業界も多数存在します。そうした企業は時代の波に乗れず淘汰されるという可能性がありますが、仕事にあぶれた人を受け止めるセーフティネットとしての役割を持つという見方もあります。ただ、今後は技術革新による格差を広げないためにも、非正規雇用の人々も含めての技術スキルの向上は国として考えていくべき課題だと思います。

新たな技術は地方の雇用を促進するか?

─産業用ロボットやAIの導入は、都市部だけではなく地域の雇用にも影響するのでしょうか。

川口:地域の雇用に関しては、これまで製造業が非常に重要な役割を果たしてきました。自動車産業では、早期から産業用ロボットの導入が進みましたが、もしその導入が一歩遅ければ、急速な人手不足への対応として生産ラインが海外に移っていたかもしれません。私が2019年6月に発表した論文*3 では、そうした産業用ロボットの導入が周辺地域の人口増加を促進してきたという結果を示しています。この研究を推定手法やデータを改善する作業を続けているのですが、ロボット導入が雇用を増やす傾向があることは引き続き確認されています。HITEプロジェクトの終了までに確定的な結果を得たいと考えています。

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山本:また別の視点でいうと、VRなどの新技術が観光促進に活かせるという見方もありますね。例えば、全日空を中心に進められているVRやリアルハプティクス(物をつかんだ感覚をデータ化して伝える)を活用したプロジェクト「avatar-in」などは、観光産業で新たな雇用を生み出す可能性もあります。本格的な海釣りを屋内で体験できる「釣りアバター」などは、魚がかかった感触まで遠隔でもリアルに伝わりますし、VRで臨場感ある釣り体験が可能になります。実際に現地でも釣りが行われていて、釣れた魚も輸送してくれるというサービスです。一般的にサービス業はその現場でしか成立しませんが、情報技術の進歩で距離や空間の制御を超えた新たなマーケットが生まれる可能性もあります。

─これからの研究の展望や課題について教えてください。

川口:地方の雇用問題と人口の関係を多方面から掘り下げたいと思います。ひとつは製造業を中心にロボットの導入などを切り口とする研究。他方では、優秀な人材の分散についてです。例えば、都心の大企業で働く30~40代はかなり高い技能を持っているはずですが、必ずしも全員が企業内の出世競争で勝ち残っているとは限りません。優秀であるにもかかわらず、しかるべきポストに就いていない人も山程いるでしょう。そういう人たちが地方に分散して新たなポストを得たとき、企業や地域全体の生産性が上がる可能性があるというのが私の仮説です。地方には地価や生活費が安いといったメリットもあり、リモートワークやAIの活用によって都心にいる必要性が薄れると、優秀な人々が地方でより一層活躍できると思うのです。

山本:私たちのHITEプロジェクトの大きな柱のひとつが、新たな技術の導入事例を調査・分析した時系列データと、全国の労働者の中から選ばれた複数人を数年にわたって調査したパネルデータを組み合わせ、技術導入と労働環境を研究するデータベースの構築です。それに加えて、個別のインタビュー調査も実施しています。今までは主に人事、営業、フィンテック、介護などの現場を対象としていましたが、今後はさらにフィールドを広げながら、様々な人々が活用できるインフラとしてのデータベース構築を目指しています。
 また、情報テクノロジーの導入と働き方のウェルビーイングの関係を調べていくと、AIとの協働において、挑戦意欲が沸いて仕事にやりがいを感じる人と、かえってAIに使われているようで居心地が悪いという人に分かれる状況も見えてきました。その解決軸として、今後はAIのインターフェースのデザインがより重要になるでしょう。使用画面がわかりやすくフレンドリーな見た目になるだけで、より多くの人が使えるようになるとも考えられます。知らぬ間に皆がAIを使っていたというくらい自然な状態を目指して開発することで、格差の広がりを防げるかもしれません。こうした技術導入において生じるリテラシー格差をどう是正するかを検証するのも、これからの労働経済学における課題だと考えています。

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*1 参考:株式会社野村総合研究所「日本の労働人口の49%が人工知能やロボット等で代替可能に ~601種の職業ごとに、コンピューター技術による代替確率を試算~」

*2 THE FUTURE OF EMPLOYMEN T: HOW SUSCEPTIBLE ARE JOBS TO COMPUTERISATION?
https://www.oxfordmartin.ox.ac.uk/downloads/academic/The_Future_of_Employment.pdf

*3 「Robot, Employment, and Population: Evidence from Art iculated Robot in Japan's Local Labor Markets」
https://www.esri.cao.go.jp/jp/esri/workshop/190730/esri2019_first_presenter1_paper.pdf

※本記事は、「人と情報のエコシステム(HITE)」領域冊子vol.04に収録されています。
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