能率が上がれば、信頼も上がるのか 「デジタル社会におけるデータとトラストを考える」第2回開催報告

2026年10月28日

写真:壇上の登壇者。左から湯淺 墾道氏、山口 真吾氏、大漉 実氏、木村 泰知氏、黒河 昭雄氏

行政のデータ活用やAI利用は、年々着実に進展している。しかし、その進展が、そのまま住民からの信頼につながるのだろうか。

2026年9月16日、科学技術振興機構(JST)の社会技術研究開発センター(RISTEX)は、全3回シリーズ「デジタル社会におけるデータとトラストを考える」の第2回「地域と育むデータとトラスト―行政での活用は進む。信頼をどう築くか―」を開催した。個人・地域・国という3つの視点でデータとトラストの関係を探る本シリーズ。第2回となる今回は「地域」を起点に、国・自治体・研究それぞれの現場からの報告と、指定討論・パネルディスカッションを通じて、データ活用の実践と住民の信頼醸成との関係が議論された。

開会にあたり、RISTEXセンター長の日比谷潤子氏がビデオメッセージで挨拶。情報を発信する自治体職員と、それを受け取り、行政サービスを利用する住民との間でどのように信頼を醸成していくかを、具体的な取り組みを交えながら議論する回であることを紹介した。

国と自治体は、AIやデータをどこまで使いこなそうとしているのか

まず登壇したのは、デジタル庁戦略・組織グループの山口真吾参事官。政府職員向けAI利用環境「源内」の取り組みを紹介した。背景にあるのは深刻な人手不足で、「政府が率先して使いこなさなければ、民間や自治体に『使ってください』と呼びかけても説得力がない」という問題意識があるという。

現在、源内は40種類以上のAIアプリを提供し、2026年5月から国家公務員18万人への展開を開始した。象徴的な一例が、1,000ページ近い旅費精算システムのマニュアルを参照し、職員の照会を助けるAIアプリだ。主に使用するAIモデルはAnthropic社のClaudeで、国産基盤モデル5社との比較評価も並行して進めているという。

ユニークなのが、トークン利用コストの可視化だ。職員がAIにプロンプトを入力するたびに「今の入力は25円」「累計135円」といった金額が画面に表示される仕組みを導入し、コスト意識を一人ひとりに促している。また、源内のソースコードは2026年4月にGitHub上で公開され、自由な改変・商用利用も認めるライセンスで提供されているという。

住民向けサービスへの展開については、「リスクがあるため、まずは職員向けで基盤を固める」段階にとどめているとした上で、山口氏は信頼を確保するためのポイントを次のように語った。「丁寧にAIを使うこと、説明責任を果たすこと、そしてヒューマンインザループを必ず入れること。これに尽きると思う」。

続いて、神戸市企画調整局の大漉実部長が登壇。約7年にわたる同市のデータ利活用の歩みを紹介した。神戸市は、大学や外部のコンサルティング会社などに分析を依頼すると時間とコストがかかることから、変化にスピード感を持って対応するため、職員自身がBIツール(Tableau)やRを用いて分析を行う「内製化」を方針としてきた。

庁内データ連携基盤上に構築された「神戸データラウンジ」では、EBPMを推進するため、小学校区別の人口分布や将来推計人口など、170を超えるダッシュボードが職員間で共有されている。データを活用した業務マネジメントでは、既に収税業務で大きな成果を上げ、国民健康保険料の徴収業務に横展開を行っている。2025年には生活保護業務「見える化」プロジェクトを実施し、現場の職員が課題を持ち寄り、ダッシュボードを作成。2026年6月からは全区の現場業務で実際に使われ始めているという。

人材育成の数字にも、戦略が表れている。2025年までの過去5年で約900人のデータ利活用人材を育成し、次の5年では約2,000人を目標に掲げるが、この「2,000人」には根拠がある。これは、対象となる職員約1万2,000人の16%に当たり、「新しい技術が組織に浸透するには、全体の16%(イノベーター・アーリーアダプター層)に受け入れられることが必要」というイノベーター理論に基づいた設定だという。

実際、2025年度は多くの研修が募集開始前に定員へ達するなど、「組織の空気が変わってきたのを感じる」と大漉氏は手応えを語った。こうした取り組みの蓄積は外部の関心も集めており、2022年以降、自治体視察や講演、メディア取材などの受け入れは約380件に上るという。

公開しているのに、なぜ「伝わらない」のか

3人目の登壇者は、小樽商科大学の木村泰知教授。JST-RISTEXの採択課題「地方自治体におけるトラスト形成」の研究代表者を務める。木村氏が着目するのは、自治体が情報を公開しているにもかかわらず、住民に「伝わっていない」という現状だ。

その一因として挙げられたのが、公開文書の多くがPDF形式であること、図表とテキストが入り混じっていること、そして表記の揺れである。たとえば議員の氏名ひとつをとっても、同一人物の表記が自治体や資料ごとに異なり、機械的な名寄せを難しくしている。農業分野の「栽培暦」のように、専門記号で書かれた文書は、最新のLLMをもってしても解読が難しいケースがあるという。

木村氏は対策として、ファイル名への識別子(自治体コードや日付)の付与や、PDFの文章や図表を、文書構造を保持した機械処理しやすいMarkdown形式に変換する手法を紹介した。現在は人口約3,000人規模の自治体で、村長らの協力のもと、チャットボットを通じた情報提供と住民の情報ニーズ把握を組み合わせた実証実験を進めているという。

社会技術としてのトラスト―能率と信頼のあいだ

指定討論に立った神奈川県立保健福祉大学の黒河昭雄講師は、ここまでの3つの報告を受け、行政の取り組みが着実に進んでいることを踏まえつつ、議論をさらに深める視点を提示した。

黒河氏が手がかりとして紹介したのは、政治学者マイケル・リプスキーの言葉である。「多くの市民にとって、政府との出会いは議員への手紙や教育委員会の傍聴を通じてではなく、自分の子どもの教師や街角の警察官との接点を通じて起こる」。信頼は行政の成果そのものよりも、手続きの公平性や「自分の声が届いている」という感覚によって大きく左右される。これが、政治的信頼に関するこれまでの政治学の知見だという。黒河氏は、この日の3つの報告が物語る「組織能力」の向上を土台に、次に取り組むべきテーマとして「そもそも何のためにそれを行うのか」という公共的価値をめぐる議論を挙げた。

その具体的な論点として紹介したのが、AIへの依存が招きうる「脱スキル化」というテーマである。児童相談所でのリスク判定AI導入の事例を引きながら、職員がAIのスコアを活用する際に、自らの判断の理由をあわせて説明できる状態を保つことの大切さを語った。「AIがそう言ったから」という説明だけでは、住民からの信頼を十分には得られないだろうと述べた。

議論の最後に黒河氏が提示したのが、「地域社会における社会技術としてのトラスト」という考え方である。行政がデータをどのように活用しているかを、誰もが確かめられるようにすること。住民が理由を問い、異議を述べられること。そして、その経験が政策の運用修正へと戻っていく回路をつくること。これこそが、住民自治を支える仕組みになると黒河氏は結んだ。

データ主権から住民との対話まで―議論の広がり

湯淺墾道氏(明治大学)の進行によるパネルディスカッションでは、まず「データ主権」が話題となった。山口氏は、自国のデータを自律的にコントロールするという考え方だと説明し、政府共通データセットはAIの学習用ではなくハルシネーション対策(RAG)のための根拠データである点をあらためて強調した。木村氏が指摘した自治体文書のファイル名・書式の不統一については、山口氏もデジタル庁として2026年度末にメタデータ標準に関するガイドラインを公表する予定であると応じた。

黒河氏が提起したEBPMの限界についても議論が広がった。黒河氏は、データが政策を自動的に決めるわけではなく、そこには常に価値判断が介在すると指摘。近年は「エビデンスに基づく」よりも「エビデンスを参考にする」という限定的な捉え方(EIPM)が広がりつつあると紹介した。

フロアからは、個人情報保護とAI活用の両立に関する質問も寄せられた。山口氏は、AIエージェントをめぐる近年のセキュリティ事案を踏まえ、安全性を確保するためのガードレールの設計を進めていると回答した。大漉氏も、統計的に加工したデータをAIに読み込ませる場面と、個人情報そのものをAIに扱わせる場面とでは、求められる対策の水準が異なるとの認識を示した。

おわりに

行政のデータ・AI活用は、着実に広がりを見せている。しかし、活用が進むことが、そのまま住民の信頼につながるとは限らない。今回のシンポジウムを通じて浮かび上がったのは、行政の仕事の能率を高めることと、住民の納得や信頼を得ることは、別々の課題として向き合う必要があるという視点だった。その両立にどう取り組むかが、次のステップの課題となる。

全3回シリーズは今後、個人・地域に続き、国へと視点を広げる。

第3回「国を越えるヘルスデータとトラスト―便益とリスクのあいだでつくられる信頼とは―」は、2026年12月1日(火)14:00~17:00、AP東京八重洲とオンラインのハイブリッド形式で開催予定である。

アーカイブ動画・資料

開会挨拶・趣旨説明
日比谷 潤子(社会技術研究開発センター長)

政府におけるガバメントAI 源内の取組について
山口 真吾(デジタル庁 戦略・組織グループ 参事官)

神戸市におけるデータ利活用の取組
大漉 実(神戸市企画調整局 部長(データ利活用担当))

自治体公開文書を機械的に処理する際の難しさ
木村 泰知(小樽商科大学 教授)

社会技術としてのトラスト―地域社会におけるデータ活用を公共的価値へどうつなぐか―
黒河 昭雄(神奈川県立保健福祉大学 講師)

パネルディスカッション
モデレーター 湯淺 墾道(明治大学 教授/プログラム総括)

デジタル社会におけるデータとトラストを考えるシリーズ開催について

全3回で構成される本シリーズは、個人・地域・国際という3つのアングルから「データとトラスト」の未来を探っていく。

第1回「個人情報・プライバシーをめぐるトラスト― 社会を対象とした研究開発の現場から ―」

日時:2026年7月27日(月)14:30~17:00

第2回「地域と育むデータとトラスト―行政での活用は進む。信頼をどう築くか―」

日時:2026年9月16日(水)14:00~17:00

第3回「国を越えるヘルスデータとトラスト―便益とリスクのあいだでつくられる信頼とは―」

日時:2026年12月1日(火)14:00~17:00

制度という枠組み(必要条件)のうえに、現場のリアリティや人々の納得感という十分条件をいかに積み上げていけるか。社会技術としてのトラスト形成に向けた挑戦は、まだ始まったばかりだ。

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