成果概要

拡張性のあるシリコン量子コンピュータ技術の開発[2] 中距離量子結合技術

2023年度までの進捗状況

1. 概要

半導体量子ビットを大規模化するために必要な空間的な自由度を確保するため、スピン量子ビットの中距離量子結合に取り組みます。半導体のナノスケールの集積性能を最大限に引き出すためには、量子情報の制御に必要なマイクロスケールの回路を考慮し、量子ビットのプロセッサーを構成する必要があります。中距離量子結合技術の開発により、量子ビットアレイ間の非局所的な結合を実現し、柔軟なビット配置の設計が可能になります。
本研究開発項目では、配線や電圧要件の異なる伝送方式の研究開発を行い、各段階に応じて効率的な方式を選択できるよう広く取り組みます。スピン量子ビットの伝送には、既存の量子ビットの安定的閉じ込め、および制御技術に加え、半導体量子ビットを空間的に移動させる仕組みが必要です。その上で、量子計算素子内に組み込む効率の良い結合技術として採用するために、半導体中を移動するスピン量子状態の物理の解明から、原理実証や、量子結合機能を達成する試作構造の開発を行います。スピン量子ビットの伝送を基に、量子ビットアレイの結合を可能にし、誤り耐性付き量子ビットの新たな構成の基盤を築くことを目指します。

図1 中距離伝送と量子結合の模式図。
図1 中距離伝送と量子結合の模式図。

2. これまでの主な成果

半導体量子ビットの中距離伝送としていくつかの候補が検証されている中、本研究ではこれまで、電荷を移動させるシャトリング方式と、スピンを移動させるスピン鎖方式の2種類の研究開発を推進してきました。

- スピンを電子ごと運ぶシャトリング方式

電荷結合素子として半導体産業でなじみのある伝送形式が、単一電子スピン量子ビットにも適合しやすいと考えられます。その際、電子スピンを安定して閉じ込め、コヒーレンスを保つことが重要です。これまで、もつれ状態を3サイト先へ順次トンネルさせること、あるいは量子ビットを2サイト間で多数回往復させる検証などが先行し、項目1の予備成果として2サイト先の量子ビットとの二量子ビットゲートが示されています。

図2 シャトリング専用量子ドットアレイの電子顕微鏡写真。
図2 シャトリング専用量子ドットアレイの電子顕微鏡写真。

近年は、類似する形として、周期的な電圧信号で閉じ込めポテンシャルを形成しつつ、より遠くへ流すコンベイヤーモードが注目され、量子ビットの伝送に専用の量子結合器を開発する本項目に適合する有望な方式として、デバイスの試作と評価の準備を継続しています。

- スピンを交換する相互作用を連ねたスピン鎖方式

従来より、位置を固定して量子ビットを並べる構造が信頼されてきたことから、仲介する状態にスピンを埋めておく方式にも取り組んでいます。特に、交換相互作用で常に結合したスピン鎖の状態を介した、断熱伝送方式に現在取り組んでいます。この方式の利点は、伝送に使えるスピン鎖状態に一度初期化できれば、始点と終点の電圧だけで操作が完了し、遅延の少ない伝送が期待される点です。

図3 スピン鎖方式の転写模式図と、ショートカット法適用時の量子ビット状態の模式図。
図3 スピン鎖方式の転写模式図と、ショートカット法適用時の量子ビット状態の模式図。
- 断熱操作に関連する物理

乱雑さに対抗する性質を持つ伝送方式を模索する中で、共通する物理として断熱操作に焦点を当て、従来低速であった操作に適切な最適化を施すことで数倍の高速化と桁違いの精度向上が見込める、実証実験の成果を挙げています。

3. 今後の展開

今後は引き続き初期の実証実験に向けて設備の拡充を進め、離れた量子ビット間の結合実験を目指します。そして項目間との連携を密にし、シリコン量子コンピュータの条件に近いデバイス設計の基で評価を蓄積し、誤り耐性閾値を容易に超える最適化を検討していくことで、プロセッサーを構成する要素として価値のある量子結合器の開発に取り組みます。