成果概要

大規模集積シリコン量子コンピュータの研究開発3. ホットシリコン量子ビット

2022年度までの進捗状況

1.概要

本研究開発テーマでは、シリコン量子ビット系を用いて、高温動作量子ビット(ホットシリコン量子ビット)の実現を目指します(図1)。ここで言う高温とは、通常固体量子ビットが動作する数十ミリケルビン(mK)と比べて高い、1ケルビン(K)程度(-272℃程度)を指します。通常より高温(1K以上)で動作する量子ビットが実現すれば、冷却能力の兼ね合いから、許容される回路消費電力(発熱)が飛躍的に向上し、量子ビットの近傍に極低温制御回路を配置することが可能になると期待されます。これにより、大規模集積シリコン量子コンピュータの実現に貢献することを目指します。
ホットシリコン量子ビットの実現に向けた課題として、温度上昇に伴う量子情報保持時間の低下が知られています。この常識を打ち破るべく、未開拓の物理の深耕と解明に基づき、量子情報保持時間が極大値をとるスイートスポットの探索に挑戦しています。また、量子ビットの性能や集積性・発熱の観点から電子スピン系とホールスピン系の比較を行うことで、高性能なホットシリコン量子ビットの達成に繋げることを目指しています。

図1:量子ビットの高温動作による許容される回路消費電力の向上と極低温制御系実装の概念図
図1:量子ビットの高温動作による許容される回路消費電力の向上と極低温制御系実装の概念図

2.2022年度までの成果

  • ①開発したシリコン量子ビット構造が量子ビット操作に必要な特性を持っていることを検証
  • ②シリコン量子コンピュータ実現に向けた要素技術の現状と課題を概括
  • ③ホールスピン系において高温化に伴う雑音の増加が抑制されることを確認

上記において、①では、これまでに構築した極低温量子デバイス測定系を利用し、大規模化に適した量子ビットアレイ構造の一部について評価測定を行いました(図2)。希釈冷凍機温度(50mK程度以下)において、量子ビットデバイス中のエネルギー準位の磁場依存性において、量子ビット状態間のエネルギー差に対応した変化を期待通り確認できました。この依存性に基づいて、スピン操作に用いる周波数を制御することが可能になります。また、スピン読み出しに重要な役割を果たす単電子トンネリングの実時間検出に成功しており、これらを組み合わせることで、本構造においてシリコン量子ビットの実現が期待されます。

図2:(左図)電子スピンエネルギーの磁場依存性(右図)単電子トンネリングの実時間検出
図2:(左図)電子スピンエネルギーの磁場依存性(右図)単電子トンネリングの実時間検出

量子コンピュータの実現には、個々の量子ビットの性能の向上(質)と大規模化に適した構造の開発(量)の2つの側面からのアプローチが重要になります。②では、「質」の側面として操作・読み出しなど量子ビット単体に求められる技術を、「量」の側面として大規模集積化に向けた課題を概説し、デバイス、回路、システムなど幅広い分野の研究者に向けて、シリコン量子コンピュータ実現に向けた要素技術の現状と課題をまとめ、発表しました。
[溝口 来成, 米田 淳, 小寺 哲夫, 電子情報通信学会論文誌 C J105-C, 227 (2022).]

③では、ホールスピン系における電荷雑音(量子ビットの性能を制限する代表的な雑音)の温度依存性を評価しました(図3)。この結果では、極低温、とりわけ1Kまでの温度上昇に対して雑音レベルはほとんど増加せず、高温動作に有望であることを示唆する結果が得られました。また、300mKという比較的高温にあっても、50mK以下の希釈冷凍機温度で測定された先行研究の電子を閉じ込めた量子ドットと同程度の低い雑音レベルであることが明らかになりました。

図3:高温化による雑音の増加(左図)周波数分布(右図)1Hzにおける雑音の大きさ
図3:高温化による雑音の増加(左図)周波数分布(右図)1Hzにおける雑音の大きさ

3.今後の展開

今年度までに蓄積した忠実度向上に関する課題等の知見をもとに、量子ビット動作の実証に取り組みます。適切な制御電圧条件において量子ビットの初期化、読み出しを達成し、交流磁場あるいは制御電圧による状態制御と組み合わせことで、比較的高温である300mK、さらには1Kでのシリコン量子ビットの高温動作実証を目指します。