成果概要

大規模集積シリコン量子コンピュータの研究開発[3] ホットシリコン量子ビット

2023年度までの進捗状況

1. 概要

本研究開発テーマでは、シリコン量子ビット系を用いて、高温動作量子ビット(ホットシリコン量子ビット)の実現を目指します(図1)。ここで言う高温とは、通常固体量子ビットが動作する数十ミリケルビン(mK)と比べて高い、1ケルビン(K)程度(-272℃程度)を指します。通常より高温(1K以上)で動作する量子ビットが実現すれば、冷却能力の兼ね合いから、許容される回路消費電力(発熱)が飛躍的に向上し、量子ビットの近傍に極低温制御回路を配置することが可能になると期待されます。これにより、大規模集積シリコン量子コンピュータの実現に貢献することを目指します。
ホットシリコン量子ビットの実現に向けた課題として、温度上昇に伴う量子情報保持時間の低下が知られています。この常識を打ち破るべく、未開拓の物理の深耕と解明に基づき、量子情報保持時間が極大値をとるスイートスポットの探索に挑戦しています。また、量子ビットの性能や集積性・発熱の観点から電子スピン系とホールスピン系の比較を行うことで、高性能なホットシリコン量子ビットの達成に繋げることを目指しています。

図1:量子ビットの高温動作による許容される回路消費電力の向上と極低温制御系実装の概念図
図1:量子ビットの高温動作による許容される回路消費電力の向上と極低温制御系実装の概念図

2. これまでの主な成果

ホットシリコン量子ビット実現に向けた要素技術の開発
  • ①操作:300mKでのコヒーレントなスピン操作
  • ②読み出し:高温化に適した読み出し手法<高周波反射測定>の開発及び実証<緩和時間測定>
  • ③大規模化に向けた取り組み:集積構造の提案・雑音効果の評価・フリップチップ実装
  • +α シリコン量子コンピュータ実現に向けた多方面へのアウトリーチ活動

操作:

2023年度までのマイルストーンとなる比較的高温な300mKでのスピン回転操作が達成されました。スピン状態の二準位間のエネルギー差に対応したマイクロ波の印加時間に依存してスピン状態が入れ替わる様子(ラビ振動)を観測することができました(図2)。

図2:ラビ振動
図2:ラビ振動

読み出し:

高周波反射測定法とは、量子ビット系に高周波を印加し、量子ビットの状態に依存した高周波の反射率を読み取る手法であり、高温でのスピン量子ビット読み出し法として有望視されています。我々は、本手法の感度評価やそれを用いた高感度化などの技術開発に取り組んできました。[R. Mizokuchi, et al., Sci. Rep. 11, 5863 (2021).] 開発した技術を用いて量子ビットの情報保持能力のパラメータの一つであるスピン緩和時間(T1)の評価が達成されました(図3)。

図3:スピン緩和時間評価
図3:スピン緩和時間評価

大規模化に向けた取り組み:

多角的なアプローチから大規模化に向けた研究を行ってきました。量子ビット集積構造の実現に向けた二次元アレイ構造を提案し、シミュレーションによって高密度構造にもかかわらず高速かつ個別制御が可能であることを明らかにしました。[M. Tadokoro, et al., Sci. Rep. 11, 19406 (2021).] また、量子ビットの性能を制限する代表的な雑音である電荷雑音の温度依存性の評価を行いました。その結果、ホールスピン系において1Kまでの温度上昇に対して雑音レベルがほとんど増加せず、高温動作に有望であることが示唆されました。さらに、量子ビットとその制御用の極低温古典回路との集積技術の開発を進めています。神戸大学とのプロジェクト内連携により、シリコン量子ビットチップのインターポーザへのフリップ実装を行い、4Kにおいて想定された特性を確認することができました。[T. Futaya et al., Jpn. J. Appl. Phys., 63, 03SP64 (2024)]

アウトリーチ活動:

シリコン量子コンピュータの実現には個々の要素技術の開発とそれらの統合が求められます。そのために幅広い分野の研究者に向けて技術を発信していくことが重要です。半導体量子ビットの研究動向と展望、個々の要素技術の詳細や課題などをまとめ、発表しました。[小寺, 応用物理 92, 12, 713 (2023).] 将来の研究開発を牽引する量子人材の育成も行っており、QIH-MS6共催量子技術スプリングスクールの運営協力を行いました。

3. 今後の展開

今年度までに蓄積した高温化・忠実度向上に関する課題等の知見を活用しながら、量子ビットの初期化、読み出しを達成し、交流磁場あるいは制御電圧による状態制御と組み合わせることで、1Kでのシリコン量子ビットの動作実証を目指します。