成果概要
誤り耐性型量子コンピュータにおける理論・ソフトウェアの研究開発[3] 誤り耐性型量子コンピュータの性能改善のための量子誤り訂正法の開発とその性能解析
2023年度までの進捗状況
1. 概要
誤り耐性量子コンピュータ(FTQC)のハードウェア要求性能を緩和し、その性能を向上させるためには、各レイヤーにおいて既存の手法の組み合わせにとどまらず、新たな手法の選択肢を追加することが誤り耐性量子コンピュータの実現の加速において必須です。本研究開発テーマでは、様々なアプローチで量子誤り訂正手法や誤り耐性量子計算アーキテクチャの新規手法を開拓します。
2. これまでの主な成果
①物理制約を緩和する新たな量子誤り訂正法
量子ビットの接続性を下げることによって、各量子ビットの周波数割り当てが容易になり、高精度な量子演算を実現することができます。本研究では、通常4つの隣接する量子ビットとの接続が必要であった表面符号方式に対して、うまく小規模なエラー検出符号を組み合わせることで、隣接する3つの量子ビットへの接続によって量子誤り訂正を実行する新手法を構築しました。エラー検出機能も追加しているため、エラー耐性が高いことも数値計算によって確認されました。また、ここで得られた知見を生かし、表面符号よりも高い対称性を持ったカラー符号などのエラー耐性の改善も行いました。表面符号に代わる新たな選択肢を提供すると期待しています。
②NISQとFTQCのギャップを埋める研究
全てのエラーを許容して計算を行うNISQ(Noisy Intermediate-Scale Quantum computer)(~100量子ビット)と全てのエラーを完全に誤り訂正するFTQC(~100万量子ビット)との間には、有効に利用できる量子ビット数、もしくは、必要となる量子ビット数に数桁ものギャップが存在します。本研究では、それらのギャップを埋めるための研究を行なってきました。
ソフトウェアアプローチとしては、従来NISQ向けに考えられてきた量子誤り抑制法をエラー訂正符号に符号化された論理量子ビットに適用する枠組みを構築し、小規模の符号でも十分高い計算精度が達成できることを示しました。最も有効に提案手法が機能する領域では必要となる物理量子ビット数が80%も削減できることが明らかとなりました。[PRXQuantum, 2022]
また、アーキテクチャアプローチとしては、エラー訂正が比較的容易なクリフォード演算のみをエラー訂正で守り、非クリフォード演算はエラー検出によって高精度で補助状態を生成して一部エラーを許容して実行する、準誤り耐性量子計算アーキテクチャを新たに構築しました。エラー確率が10-4の物理量子ビットを1万個使うだけで、深い計算での計算能力の指標である量子体積(Quantum Volume)264を達成できることが示され(NISQでは237が限界)、スパコンでもシミュレーションが難しい深い計算を1万量子ビット規模でも達成できることが示されました。
[PRXQuantum, 2024]
③大規模誤り耐性量子計算の究極の効率の探求
誤り耐性量子計算は、量子ビットを余分に使い、訂正のための計算ステップを追加することで、次々に発生する誤りと戦います。大規模化した誤り耐性量子計算で、この空間的、時間的に余分なコストであるオーバーヘッドをどこまで小さくできるのか、というのは、誤り耐性量子計算の基礎的な重要問題のひとつです。本研究では、新しい方式として、簡単な符号を、サイズを大きくしながら入れ子にする手法を提案しました。そして、この手法の時間空間オーバーヘッドが、既存のどの手法よりも小さいことを示しました。[Nature Physics, 2024]
3. 今後の展開
新規量子誤り訂正法の提案では、表面符号の改善に止まらず、カラー符号やより一般的な量子LDPC符号などを用いた新手法の開拓を進め、クロスレイヤー協調設計のための選択肢を増やすことを目指します。誤り抑制法の誤り耐性量子計算への応用については、現在用いている擬確率法以外の手法もNISQ研究において提案されており、これらの応用も検討することで、さらなるオーバーヘッドの削減を目指します。また、準誤り耐性量子計算については、1万量子ビット規模という近未来的な目標のもと、実行可能かつ優位性のあるアプリケーション探索の研究に着手します。