成果概要

誤り耐性型量子コンピュータにおける理論・ソフトウェアの研究開発[3] 誤り耐性型量子コンピュータの性能改善のための量子誤り訂正法の開発とその性能解析

2024年度までの進捗状況

1. 概要

誤り耐性型量子コンピュータ(FTQC)のハードウェア要求性能を緩和し、その性能を向上させるためには、各技術レイヤーにおいて既存の手法の組み合わせにとどまらず、新たな手法の選択肢を追加することが誤り耐性型量子コンピュータの実現の加速において必須です。本研究開発テーマでは、様々なアプローチで量子誤り訂正手法や誤り耐性量子計算アーキテクチャの新規手法を開拓します。

2. これまでの主な成果

①NISQとFTQCのギャップを埋める研究

全てのエラーを許容して計算を行うNISQ(Noisy Intermediate-Scale Quantum computer)(~100量子ビット)と全てのエラーを完全に誤り訂正するFTQC(~100万量子ビット)との間には、有効に利用できる量子ビット数、もしくは、必要となる量子ビット数に数桁ものギャップが存在します。本研究では、それらのギャップを埋めるearlyFTQC(初期の誤り耐性量子計算)という新たな領域を開拓してきました。
ソフトウェアアプローチとしては、従来NISQ向けに考えられてきた量子誤り抑制法をエラー訂正符号に符号化された論理量子ビットに適用する枠組みを構築し、小規模の符号でも十分高い計算精度が達成できることを示しました。提案手法が最も有効に機能する領域では必要となる物理量子ビット数が80%も削減できることが明らかとなりました。[PRXQuantum, 2022]
また、アーキテクチャアプローチとしては、エラー訂正が比較的容易なクリフォード演算のみをエラー訂正で守り、非クリフォード演算はエラー検出によって高精度で補助状態を生成して一部エラーを許容して実行する準誤り耐性量子計算アーキテクチャを新たに構築しました。

図

エラー確率が10-4の物理量子ビットを1万個使うだけで、深い計算での計算能力の指標である量子体積(Quantum Volume)264を達成できることが示され(NISQでは237が限界)、スパコンでもシミュレーションが難しい深い計算を1万量子ビット規模でも達成できることが示されました。
[PRXQuantum, 2024]
さらに、リソース推定の結果、応用上重要なハバード模型のシミュレーションが数万量子ビット規模の量子コンピュータでスーパーコンピュータよりも高速に実行できることを示しました。これは、より近い未来に実現するデバイスで量子優位性を得るための道筋となります。[PRX 2025]

②ゼロレベル魔法状態蒸留

誤り耐性量子計算では、一部の演算操作を行うために、魔法状態と呼ばれる特殊な状態に準備された補助量子ビットを使います。この魔法状態は、論理量子ビット上の魔法状態蒸留と呼ばれる工程で高い精度を確保します。この蒸留は大きな時空間コストを必要とするため、誤り耐性量子計算のボトルネックとなっています。この問題を解決するために、論理量子ビットより一段下のレベルである物理量子ビットを用いて蒸留の工程を正方格子上で行う手法を構築し、蒸留の時空間コストを大幅に削減しました。この成果は後の魔法状態栽培へと発展をしています。[PRX Quantum 2025]

③大規模誤り耐性量子計算の究極の効率の探求

誤り耐性量子計算は、量子ビットを余分に使い、訂正のための計算ステップを追加することで、次々に発生する誤りと戦います。大規模化した誤り耐性量子計算で、この空間的、時間的に余分なコストであるオーバーヘッドをどこまで小さくできるのか、というのは、誤り耐性量子計算の基礎的な重要問題の一つです。本研究では、新しい方式として、簡単な符号を、サイズを大きくしながら入れ子にする手法を提案しました。そして、この手法の時間空間オーバーヘッドが、既存のどの手法よりも小さいことを示しました。[Nature Physics, 2024]

図

3. 今後の展開

新規の量子誤り訂正法の提案では、表面符号の改善に止まらず、カラー符号やより一般的な量子LDPC符号などを用いた新手法の開拓を進め、クロスレイヤー協調設計のための選択肢を増やすことを目指します。また、部分的な誤り耐性量子計算アーキテクチャやゼロレベル魔法状態蒸留など、小規模の量子コンピュータで実証可能な新規手法を提案します。これらに基づいてリソースを評価することにより1万量子ビット規模の近未来の量子コンピュータにおいて実行可能かつ優位性のあるアプリケーション探索の研究を進めます。