成果概要
主体的な行動変容を促すAwareness AIロボットシステム開発[E] Peripheral Electrical Stimulationを用いた介入法の確立
2024年度までの進捗状況
1. 概要
これまでに開発されてきたAwareness AIを活用した介入アプローチは、主に医療技術を用いた治療的介入や、Robotic Nimbusを活用したハードウェアによる動作支援という形で実装されてきました。今後は、EUの研究チームとの国際共同研究を通じて、Awareness AIに基づく“第三の介入アプローチ”として、Peripheral Electrical Stimulation(PES)による神経系への介入技術の実装に取り組んでいきます。
これまで、電気刺激によって筋肉を直接収縮させ、実際の運動を生み出す技術はFunctional Electrical Stimulation(FES)と呼ばれ、対象者が刺激によって生じる運動を意識的に認識・制御できるという特徴があります。一方、PESは筋肉ではなく末梢神経を対象とし、知覚されないレベルの微弱な電気刺激を用いて神経系に調整を加える技術です。これにより、対象者が意識しないまま神経系の状態を変化させ、結果として自発的な運動能力を高めることができるという、新しい形の介入法です。
PESはすでに、振戦(Tremor)などの神経疾患に対する非侵襲的な治療法として有効性が示されており、物理的に運動を外部から作り出すFESと比べて、より高い主体性と神経系の自然な運動生成を引き出す点で優位性を持つとされています。また、PESによる刺激は意識に上らないため、解剖学的な神経ネットワークに基づいた定量的モデル化が可能であり、我々が目指す脳神経活動とリンクしたAwareness AIとの統合に極めて高い親和性を持つ点も大きな特長です。
本国際連携では、PESを用いた神経疾患患者の歩行能力の改善を目的とした介入を行い、その結果をもとに、Robotic Nimbusによる“Dynamic健診”における最適な無意識下への介入戦略の確立を目指します。これにより、Awareness AIを活用した次世代の運動支援・治療技術の新たな地平を切り拓くとともに、個別最適化された介入モデルの実現に向けた基盤を築いていきます。
2. これまでの主な成果
Awareness AIを用いたPESの応用に向けた研究開発において、私たちは最適な生体信号としてWearable Force Plate(図1参照)を活用した歩行状態のリアルタイム検出を採用しています。本取り組みでは、特にパーキンソン病をはじめとする運動障害を伴う神経疾患を対象とし、より自然で安定した歩行を実現する新たな介入手法の確立を目指しています。
研究の初期段階では、PESが効果的に機能するための神経系モデルの構築と、その妥当性を実験的に検証するための準備を進めてきました。同時に、Wearable Force Plateから得られるデータをもとに歩行パターンを高精度で推定するAIの開発にも取り組んできました。これにより、個々の歩行状態を詳細に把握し、適切なタイミングと部位への電気刺激を実現することが可能となります。
これらの技術を応用し、私たちは現在、歩行中に生じるFoot Dropの改善を目指した支援システムの開発を進めています。Foot Dropとは、歩行時に足のつま先が無意識に下がってしまい、遊脚期に地面と引っ掛かることで転倒リスクが高まる現象を指します。Awareness AIによってFoot Dropの兆候をリアルタイムで推定し、PESによって必要な筋群をタイミングよく刺激することで、転倒を防ぎ、安定した歩行を支援するシステムの構築を進めています。
2024年度には、まず健常者5名を対象とした実証実験を実施し、本システムが足部の状態を正確に推定し、適切なPESを実施できることを確認しました。これにより、技術的な有効性と実装可能性の高い基盤を得ることができました。(図2参照)
また、パーキンソン病患者を対象とした実験では、「Awareness AIの応用」研究課題においてはRobotic Nimbusを用いた動き出し支援が行われてきましたが、本研究課題ではPESによる非接触型・非意識的な動き出しの補助に取り組み、良好な成果を得つつあります。PESを通じて神経系へ直接的かつ非侵襲的にアプローチすることで、患者の主体性を保ちながらも、行動の起点となる「第一歩」をより自然に引き出すことが可能であると期待されています。(図3参照)



3. 今後の展開
今後は、Foot Dropの実験、パーキンソン病の実験ともに、被験者を増やして、Awareness AIに基づくPESの刺激の効果を定量的に評価していきます。具体的には、Timed Up and Go Test (TUG)と呼ばれるパーキンソン病患者の運動能力を測るテストにおいて、運動が20%向上することを5名以上の患者で示していくことを考えています。